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●2018年10月某日/秋の佐渡島、車中泊四日間

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大粒の雨と強風の中、佐渡島に向け出航した高速カーフェリーあかね。
5700トンという安心感のある巨大な船体とは裏腹に「まもなく大きな揺れが予想されます」との
船内アナウンスからの警告通り直江津港から外洋に出ると、うねりを受け止め始めた。
速度に特化すべく安定性を犠牲にした双胴船という特殊な形状のため前後左右に揺れるという
今までに経験したことのない不安定な揺れが続き船内を歩く事もままならない。
周囲には座席でへばった乗客、トイレに向かったものの激しい揺れによって
手すりを掴んだまま一歩も動けずしゃがみこんだままの乗客が多数。
台風の南北大東島航路を始め、多くの離島巡りを行い
船酔いには耐性のあるはずの自分でさえさすがに吐き気を催し始めた。

そのような惨状の中、揺れに身を任せ器用にパソコンのキーを叩き続ける初老の男性が一人。
すごい、佐渡航路を通い慣れた島民に違いない。
耐える事1時間あまり、佐渡の島影へと入ったことで風と揺れはぴたりと収まった。
着岸したフェリーの扉が開かれ車で久しぶりに佐渡島に降り立った。
10月某日午前11時上陸とともに暗雲が切れ晩秋の佐渡で車中泊の旅、四日間がはじまった。



photo:Canon eos7d 15-85mm

前回佐渡を訪れた際は新潟〜両津航路だったため小木港への到着は初めての事。両津港と比べると非常に小さな港町。フェリーの扉が重々しく開き、大型バスとともに佐渡島へ吐き出された。

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佐渡島は中央にひとつのピークを持つと言ったありきたりな島の構造と違い、平野とそれを挟み込む二つの山脈の組み合わせで形成されている。まるで二つの島を合体させたかのような珍しい地形。また面積も855km²とあまりに広く、四隅が突き出した複雑な形状のためどのように効率よく回るのかが課題となる。

今回は4日間にわたり秘境感溢れる佐渡外海府を中心とした西海岸を重点的に徘徊した。秘境が魅力という事は=不便だということ。地図のように佐渡島は南北先端まで背骨のように連なる二つの山脈によって海岸部と内陸部が分断されている。
佐渡の地図1811sadomap.jpg
一方で佐渡島の生活拠点は平野が広がる内陸部に位置している。山脈を超える峠道があるとはいえ、気軽に通行できる状況ではないため、西海岸から買い出しや温泉といった日常行為を行うには先端まで大きく迂回し内陸に向かう必要がありなかなか苦労させられた。
おそらく佐渡島民の文化や生活圏も内陸部と沿岸部で分断されているのだろう。山脈を貫通するトンネルでも一本あれば西海岸と中央部との交流が密になり、また過疎で悩むであろう西海岸も両津方面への通勤圏に入るのではと安易な妄想に浸りながら運転し続けた。



さて徘徊記録。現在地はカーフェリーが到着した佐渡島南端の小木港。
個人的に佐渡島で最も魅力を感じる場所は、北西部の相川から北端にある大野亀に至る50キロほどの海岸線である。荒々しい岩場に番屋が点在する荒涼としたわびしい光景がひたすら続く場所。

そんな訳で今夜の寝床も探しつつ西海岸経由で大野亀を目指す事にした。既に昼過ぎ、まだ身体が揺られる感じがするが気を取り直し、秋の日差しが降り注ぐ小木港から走り出した。

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佐渡島の北西、日本海に面した小さな町、相川。路地の坂を登った海を見下ろす山の手にかつての拘置所、相川拘置支所の建物が残されている。
この建物、公開はされているものの、訪れる人もまれなため、佐渡においては最も手軽に廃墟感を感じる事ができる場所。管理人もおらず勝手に内部を見学するシステムとなっており、自分が滞在中の一時間あまり、誰一人として拘置所跡を訪れることもなく怪しい廃墟空間を独り占めできた。



周囲を取り囲む灰色の塀。その正面に重厚な鉄門がある。片隅にある小さな扉をくぐり抜け中庭へ。玄関は施錠されていた。貼られていた指示に従い鍵を開けようとするが効きが悪くなかなか解錠できない。脱出も大変だろうが入るのも大変だ。ようやくこじ開け内部へ入場する事ができた。


佐渡廃墟相川拘置支所1810sado0103.jpg
佐渡廃墟相川拘置支所1810sado0112.jpg



湿った空気、埃、ひさしぶりに感じる廃墟感。40年以上前に閉鎖されたにもかかわらず、現在も当時の状態を残す拘置所の姿に魅了された。
廃校を思わせる冷えきった廊下を進んだ最も奥が勾留スペースとなっていた。廊下とを隔てる鉄格子を抜けると独房、雑居房が規則正しく並んだ勾留室が現れる。重苦しい鉄扉は全て開け放たれ、また白く塗られた室内には採光用に設けられた四角い天井窓から外光が射し込むためそれほど陰気な感じは受けない。


佐渡廃墟1810sado0105.jpg
相川拘置支所1810sado0113.jpg
相川拘置支所1810sado0111.jpg
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相川拘置支所1810sado0104.jpg


誰もいないのを良いことに独房に座り一人孤独な時間を過ごしては、あるいは所長室のレトロな椅子に座りこの場所を支配する所長気分に浸ったりと好き勝手に廃墟での時間を堪能。

所長室、面会室、炊事場、風呂、医務室。拘置所を運営する様々な部屋があり、それぞれの部屋に残された備品も魅力的だ。摩耗したドアノブ、錆び付いた金庫、古びた刻印。長い年月を使いこまれたひとつひとつのものに味がある。

相川拘置支所1810sado0114.jpg

建物は当然の事ながら蟻も逃がさぬような高い塀によって囲まれている。灰色の壁の中から見上げる秋の高い空は非常に遠く感じた。狭い扉から外に出るとまるで釈放された開放的な気分。

相川拘置支所の周囲には炭坑、鉱山跡でよく見かける鉱山住宅を彷彿とさせる渋い平屋が続く。その一画を歩いているとそのうち一軒に住む老女が話しかけてきた。世間話をする中で相川拘置支所に関する話題もあった。彼女は建設中の拘置支所を見たというから、おそらく戦前のことだろう。と思ったら「1954年に新潟刑務所相川拘置支所として開設」と書かれていたから想像していたほど古い時代のものではないようだ。



独房から抜け出し秋の日差しが降り注ぐ現世に復帰、再び車に乗り込むととりあえずの目的地である佐渡北端にある巨岩、大野亀を目指す。


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佐渡島を代表する観光地である大野亀と二ツ亀からなる巨岩群。そこを目指す最もメジャーなアクセス路は中心部両津市街から内海沿いに向かうルート。道も良く、事実最も早い。しかし佐渡の秘境感、孤独感、独特の集落、厳しさを実感したい方は時間はかかるが佐渡西海岸ルートがおすすめだ。さらに長いドライブの末、彼方に大野亀の大岸壁が見えた瞬間のインパクトも捨てがたい。
今回は拘置所跡があった相川から西海岸の海沿いに大野亀に向かったためその道中を紹介。



日本海を望む高台に残る廃墟。海際にある波蝕甌穴群と名付けられた景勝地の駐車場脇にこのような廃墟が平然と鎮座する違和感が面白い。非常に目立つ存在故、駐車場に車を停める観光客の興味を惹き付けるのか、皆例外なく興味深げに中を覗き込んでいる。

佐渡廃墟1810sado0120.jpg

覗き込んだ建物内部は潮風によって風化が進みコンクリートや鉄骨が散乱する荒れ果てた状態となっていた。構造、残留物などからこの廃墟はかつてのドライブインの跡だと思われる。鉱山や廃校と違い普段これ系の廃墟に近づく事はないが、ここは青い日本海と朽ち果てたコンクリートのコントラストがなかなか良い。海を望む絶景地として客で賑わった時代もあったことだろう。

廃墟の裏手には岩山があり、ここから見下ろす名もなき海辺の集落も素晴らしかった。海と断崖のわずかな隙間に統一感ある木造民家や番屋が密集している。特に観光地でも景観地区でもない平凡な街並も秩序だって景観が守られていることが好感が持てる。

佐渡の地図1811sadomap.jpg
寄り道が多く、北端は遠い。対向車もほとんど現れない海沿いの佐渡島西海岸の外周路を大野亀目指しひたすら走り続ける。季節は10月。秋の日は短く、太陽は次第に水平線へと近づいて行く。日没に間に合うだろうか。

積み重なった奇岩や巨岩が目を惹く荒々しい外海府海岸。
断崖が続く海際には落石防止用の洞門が延々と続くのが見える。しかし近年、突き出た岬直下にトンネルが掘削されたことによってそれらはいずれも放棄され廃道となっているようだ。そんなトンネルを抜けた先ではわずかなスペースを利用し人々の暮らしが営まれている。

佐渡沿岸集落の一つを俯瞰する。行きの高速カーフェリーを揺らした大波が海岸線へと打ち寄せ、海辺の集落は白く化ぶる海煙に包まれてた。

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順調に海沿いを走ってきた平坦な佐渡外周路は目の前に現れた断崖に阻まれた。佐渡山脈はこの場所で海へと落下、断崖が続く海際に迂回路を作る事もできず、外周路はこの斜面をよじ上ることになる。跳坂(はねさか)と呼ばれている場所だ。急勾配のZ字を作り一気に標高をかせぐ道路の姿は圧巻。地元の路線バスはこのような難路を平然と登り北端に点在する集落と相川方面を繋ぎ、貴重な交通手段となっている。



跳坂は以前の記憶と比べ路肩が広がりまたトンネルも拡張され随分と走りやすくなっていた。
坂の頂上から今まで走ってきた佐渡外周路を振り返る。眼下では波が集落間近まで絶え間なく打ち寄せていた。

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佐渡外周路は海辺から高台に移へと移動、しばらくの間、海は視界から離れ山道が続く。
久しぶりに海へと下ると海辺に小さな集落が現れた。断崖と海とのわずかなスペースにに木造民家が肩を寄せ合うように密集している。このような果ての集落、現在の道ができる以前は船だけが唯一の交通手段だったのではないか。
出発前、この集落片隅に建つ廃校らしき木造の朽ちた建物をストリートビューで見つけておいたのだが、現地を訪れると残念ながら更地となっていた。

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いくつかの素彫りのトンネルを抜けた瞬間、荒れる海を挟み丸みを帯びた巨岩が姿を見せた。これが佐渡島の北西端、海に突き出た岬にある大野亀と呼ばれる一枚岩。打ち寄せる荒波、強風のためか木も生えない草原、その彼方に西日に照らし出された巨大な丸い一枚岩が飛び出すインパクト。やはり西海岸道は良い。



午後5時、到着した日没直前の大野亀駐車場には一台の車も人の気配もなかった。車から降りると吹き付ける冷たい強風に翻弄された。
寒風になびく茶色く枯れ果てた原野。ぽつんと立つ木造の鳥居。その背景にそびえる黒々とした巨岩。あまりに寒々しい、そして孤独感溢れる光景。

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初めて大野亀を訪れた10数年前も同じような晩秋の時期だった。氷雨に包まれながら眺めた荒涼とした光景に心底凍えたことを思い出す。なぜかこの大野亀はこのような季節にしか、訪れた事がない。寒々しさを印象づける茶色くい枯れ草も、季節が夏ならば鮮やかな緑色へと変化しさわやかな光景が見られるに違いないのだが。

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大野亀の岸壁を照らした西日もやがて日本海へ沈み、岩は巨大なシルエットとなった。暖房を効かせた車内で事前に買い込んでおいた食材を食べる。相川のローソンを最後に、ここに至まで一度のコンビニも見当たらなかった。

やがて夜が訪れ頭上に星が瞬き始めた。このような車中泊の旅、夜は特にやる事もない。星空でも撮ってみようかと三脚を出してはみたものの吹き付ける強風に翻弄、あえなく諦めた。大野亀にて佐渡島徘徊の一日目は終了。その後、適当な空き地で車中泊。



10月の佐渡島。寒さの中での車中泊におびえ冬用のシュラフを持ち込んだが今回の旅ではそこまでの寒さは感じられなかった。波の音を聞きながら漆黒の海岸で夜が更ける。

[続く]
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