●2011年11月某日/長野県徘徊
- 2012/02/18 19:35
- Category: 私事

雨天続きの2011年秋。金曜日深夜も土砂降りの雨が降り続く。
しかし天気図を眺めれば大雨の峠は今夜。翌日は間違いなく晴れるはず。
そんなわけで大雨の中長野県方面へと出発した。
振り返ると山に登ったり、廃校を探したり、観光したりと
一貫線の無い徘徊となってしまった秋の一日。
photo:Canon eos7d 15-85mm
雨雲は東へと過ぎ去り夜明けとともに空は白み始めた。闇の中、ハンドルを握りながら行き先を考えた末、今回の目的地を長野県北部に決定。

ひたすら東へと走り、夜明けとともに一旦は広がった青空だったが山梨県に入ると周囲は深い霧に包まれた。 どこまでも続く白い世界。とはいえこの霧、おそらく朝方のみのはず。予想通り甲府盆地へ入ると霧は一気に晴れ渡った。
●
色づいたカラマツの林を走り抜けやってきたのは八ヶ岳の観音平と呼ばれる場所。標高1500mを越える高台から望むと周辺には秋を思わせる薄い巻雲の下、長野山梨にまたがる雄大な山々を望むことができる。



左奥が南アルプス最高峰の北岳。地味ながら日本第二位の高峰。日本一の山、富士山を知らない日本人はいないのだろうが二番目の山を言える日本人が果たしてどのくらいいるのだろうか・・。何事も二番ではだめなのだ。北岳には以前登ったことがあるが、賑やかで華やかな雰囲気だった三番目の高峰の奥穂高岳山頂、賑やかどころか大混雑だった富士山頂と違い、人気のなさが印象的だった。

女神湖。去年の9月にもやってきた場所。横には白樺湖という知名度の高い池があるものの岸辺までホテル、旅館、怪しい遊園地がぎっしり立ち並ぶ下品さと比べ、こちらの女神湖は静かで好きな池。
●
霧ヶ峰高原を目指し高度を上げていくと木々は消え去り周囲は草原へと変わる。前回訪れた際は鮮やかな緑に覆われていた草原、今の季節は茶色く枯れ果てた姿へと変化、木々によって覆い隠されることがないため山塊の形状が手に取るように観察できておもしろい。



しばらく気持ちのよい草原の道を走り続け眺望の良さそうな駐車場で車を停めた。車から降り振り返ると気になるのは背後の丸い山。看板には三峰山と書かれている。なんだか阿蘇の米塚のようにも見える形状。よく見ると草原を突っ切る登山道がうっすらと見える。見た感じ山頂までは徒歩30分ほどだろうか。というわけで久しぶりの山登り。
●
駐車場からわずか数分歩いただけでこの光景。起伏に沿ってどこまでも続くクマザサの草原。振り返ると人の姿は皆無。他の観光客は三峰山駐車場の看板前で記念写真を撮っただけで帰って行くようだ。


11月だとは思えない暖かい日射し、緩やかな斜面。三峰山の山頂目指しのんびりと歩き続ける。よく考えれば最後にまともに山に登ったのは二年前の槍ヶ岳穂高縦走以来。こんな気楽な山登りもおもしろい。ところが稜線に出ると雰囲気は一変、諏訪からの冷たい強風が吹き付けてきた。まともに立つことすらできない強風によって体はみるみる冷やされ意気消沈。結局山頂にたどり着くことが出来ず無惨に敗退、とぼとぼと下山となった。
●
昼過ぎ、上田市に入る。丘の上に建つ古びた洋館、旧宣教師館。以前から気になっていた建築物。


前知識もなく訪れた自分に係員の方が親切に案内してくれた。説明によれば明治時代に建てられたこの建物、建築様式はアメリカ開拓時代なのだという。確かに当時の映画になんか登場しそうな雰囲気。椅子テーブルなどの調度品もすばらしい。使い込まれ年季の入ったレトロな家具に見入ってしまう。




見学を終え車へ戻ろうと崖下の駐車場へ降りていく途中、道をショートカットしよう斜面に足を踏み入れた瞬間悲劇は起こった。前夜の豪雨で濡れた土に足を滑らせひっくり返る。おかげで服が泥まみれ。車内に着替えがあって助かった。
●
上田市郊外にある廃校となった西塩田小学校。宣教師会館で場所は聞いてあり難なく周辺に到着、それらしき建物を見つけることができた。ところが廃墟というよりも使用されている雰囲気を感じる。実はこの小学校、廃校後、現在は別の学校として使用されているとのこと。学校の教員らしい方が通りかかったので声をかけると快く見学を許可してくれた。


校庭跡には古びた車両が置かれている。先ほどの方から勧められ車両内部を見学。不要になった車両を運んで来たようでレトロで雰囲気ある車内。暖かい日差しに包まれた車内で思わずでぼんやりしてしまった。
●
時刻は午後3時過ぎ、これで終わりにするのはもったいない。さらに奥地を目指すべく上田市を出発した。

長野県上田市の廃校を出発群馬県まで足を踏み入れる予定もなかったもののつい県境を越えてしまい嬬恋村へ入った。郊外を走る広域農道周辺には雄大な風景が広がり思わず車を降りてしまう。傾いた秋の日射しが丘陵の立体感を増幅させ飽きることのない光景が続く道。



停めた車内でツーリングマップルを広げると毛無峠はここから意外に近いことに気がついた。未だ訪れたことのない毛無峠。荒涼とした山岳地帯に索道の跡が立ち並ぶその魅力はよく聞いている。峠方面を眺めると上空は相変わらずよく晴れ渡り大展望を望む事ができそうだ。
そんなわけで一旦は直接毛無峠へ向かおうと考えたものの草津方面経由で峠とアクセスするルートも存在する。そのまま行ってもつまらない、草津に寄りながら毛無峠へ向かえばよいのだ。と欲が湧いてきた。こうして日暮れも近づいた午後4時にして二兔を追うことになったがこの決断が誤りを生むことに・・・
●
有名な観光地、草津白根山の湯釜と呼ばれる火口跡。駐車場近辺からは湯釜を望むことはできず展望台まではしばらくの間、山道を登る事になる。





観光客に混ざり山道を登り続け湯釜の火口を見下ろす稜線へ出た。周囲の光景は崖マニアの心をくすぐる魅力的な荒々しさ。地平線に太陽が沈む瞬間、今日の最後の光が山をさらに赤く染める。火口の岸が夕日に照らし出されたのもつかのま周囲は闇に沈んでいった。


湯釜に見とれていたものの本来の目的地は毛無峠。秋の日暮れは早くすでに薄暮の時間帯。とはいえ夜間でも長時間露光で索道シルエットを撮ることも可能。うまく行けば索道と星空のコラボを撮ることもできるかもしれない。曲がりくねった山道を走り続けついに最後の分岐点に到着した。峠まであとわずか数キロ。
ところが到着直前になって周囲は次第に霧に包まれはじめた。谷底から次々に上昇する真っ白な霧は進につれ密度を増して行く。こんな霧の中ではさすがに夜景を撮ることは不可能、道中湯釜で貴重な時間を浪費しなければ・・・

視界ゼロの毛無峠で今回の徘徊は終わりを告げた。
霧が発生したのは毛無峠周辺だけだったようで帰路、峠から数キロ走ると霧がは嘘のように晴れ渡り眼下に薄暮が作り出す幻想的な光景が広がった。本来ならば毛無峠で廃墟鉄塔をシルエットにこのような写真を撮る予定だったのに・・・。
結局、毛無峠において目的の写真を撮ることができたのはこの四年後のことだった。
[●2015年7月某日/嵐の毛無峠で過ごした夜→LINK]
[了]
スポンサーサイト