●2011年5月某日/GW西進計画.01
- 2014/04/10 22:43
- Category: 旅

以前書きかけたままとなっていた3年前の記事が出てきたのでアップし。
愛媛県の西に浮かぶと小島、青島にあるという廃校目指して
四国へと出発した2011年5月GWの徘徊記録。
現在住む場所から四国までは遙かに遠い。
初日は眠気に負け淡路島でストップ。
photo:Canon eos7d 15-85mm
2011.GW2日目
淡路島のパーキングでシュラフから起き出す。
この時期の車中泊は多少冷え込みは残るものの真夏の熱帯夜を考えれば最適な季節。寝起きの頭で携帯の渋滞情報を見ると昨夜走った名神下り線ではGW渋滞がぼつぼつ始まりだしたようだ。おそらく昼前には各所の渋滞が繋がり修羅場となるであろう。

愛媛県西岸の伊予長浜という港からから出る青島行きの船の出航は早く、なんと早朝7時。これを逃すと次は夕方便だ。そのため近隣の大洲に宿をとった。明日は六時起きでなんとか出航に間に合うことだろう。そのため本日は特に目的地も予定もなくだらだら西へ進む。しかし天候は下り坂。明日の出航は大丈夫だろうか。
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寒風山トンネルを抜け深い山中を走り続ける。
ここ三年、GWは必ず四国を通過しているがその都度驚かされるのはどんな深い山中にも必ず現れる集落の存在だ。見上げるような山の斜面に点在する民家、すれ違いもできない道を進んだ先に前触れもなく現れる集落。四国の山岳集落の規模はかつて訪れた宮崎県椎葉村、あるいは奈良県十津川以上ではないだろうか。
途中、時間に余裕があったので中津渓谷という場所に寄ってみるが予想以上に雰囲気が良くおもわず長居してしまった。渓谷や清流ももちろんよいが、迷宮のような谷間を縫うように続く苔むし朽ちたコンクリート製遊歩道が、昔の森林鉄道廃線を彷彿とさせる。


沈下橋のようなこの遊歩道をたどっていくと谷間の最深部に架けられた苔むす橋にたどり着く。
奥には流れ落ちる滝があった。この中津渓谷、GWだというのに誰一人として人と出会わない静かでマニアックな場所だった。


昼を回るとようやく天候も回復し四国カルストを日本一周以来8年ぶりに通過。当時に比べれば道も遥かに改良され待避場所のようなものまで建設が進んでいる。カルストの高台で、新居浜のコンビニで早朝買っておいたおにぎりを食べる。朝7時の新居浜でのローソンを最後に、6時間あまり、ひとつとしてコンビニは見あたらなかった。
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山中集落に残る古い木造校舎。張り紙によれば内部を見学しても良いようだ。古びた階段、廊下、そして教室内の歴史年表はベトナム戦争で終わっていた。校庭を散策していると突然響き渡る大音響に肝を冷やすもどうやら頭上にあった防災無線から流れる三時の時報だったようだ。




17時、今日の目的地、大洲という町に到着、渡る予定の島はこの沖合にある伊予青島だ。
明日は朝便で行って夕便で戻るというスケジュール。厳密には朝便、夕便で往復も可能だがすぐに引き返すため島滞在はわずか10分たらず、とても島内探索は不能。(※現在はダイヤが改定されました)丸一日を孤島で過ごさなければならない。出発前に離島図鑑、シマダスで調べておいたが基本情報は廃校があるという程度。もちろん商店などあるはずもなくスーパーで明日の水食料を買い込んでおく。
ちなみにこの2011年当時、青島の情報を調べようとネットで検索に掛けるとひっかかるサイトはわずか1件だった。この3年後、猫島として全国的に人気が爆発しサイト、ブログが無数乱立することになろうとは思ってもいなかった。
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深夜になって天候は急変、土砂降りとなり風も吹き始めた。部屋のテレビを付けると明日は大雨予報。渡航が思いやられる。
2011.GW3日目
念のためと思い明け方目を覚まし、周囲を伺うも強い雨と風が続く。もちろん海上は内陸以上の強風に違いなく、船は間違いなく欠航だろう。いや、仮に渡航できたとしても大雨の中、夕方まで孤島で時間をつぶすのも耐えきられそうもない。ということで今回の旅のメインの一つでもあった青島上陸計画はあきらめる。
まあこんな島、この後何年も変わらないだろうと渡航計画は持ち越したのだがこの数年後あんなことになろうとは。
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早起きしたものの、予定もなくなってしまったので近所にある明治の貿易商が作り上げた別荘「臥龍山荘」の見学に行ってみることにした。朝方の雨で濡れた石畳を歩いていくと前方に山荘が現れた。


臥龍山荘は開館したばかり、客は誰ひとりとしておらずゆったりと庭園を巡る。肱川沿いの断崖に建つ不老庵など建物も良いが植栽も魅力的。昨日の渓谷と同じく苔は小雨がよく似合う。


島計画が中止になった以上四国に用はない。
青島から夕便で戻り、松山から山口へ渡る予定だった深夜フェリーをキャンセルし、しまなみ街道へ。行き当たりばったりの旅だがこういう時、臨機応変の行動をとることができることが利点でもある。日本海側の長門という町のビジネスホテルを予約すると一路本州へと走りつづける。
瀬戸内海を渡り本州に入った途端、雨が上がりさらに昼過ぎからは日も射し始めた。
こんなことならば雨を気にせず青島に渡ればよかったと後悔するももう遅い。とはいえ、日差しは強いというのにこの空、どうも霞んでいる。雨あがりの水蒸気が漂っているのかと思っていたが実際は大陸から流れてきた黄砂だという。かつて中国の成都という街にしばらく滞在していたことがあったが毎日真っ白のコントラストのない空であった。それと似ているがあれも本場の黄砂だったのだろうか。

コントラストのない空の下を走り続け現在地は広島山口県の県境付近。
周囲は見渡す限りの深い山。目的はこの奥に残るという廃校である。廃校へ続く谷底の一本道を見つけ進んでいくと目の前に通行止めと書かれた封鎖看板。高所には建設中の真新しい架橋。先ほどの看板をよく読んでみるとこの谷をせき止めるダム計画があるようでいずれは辿り着けなかった廃校も水没してしまうのだろうか。
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島の廃校といい、山の廃校といい続けて二件も外してしまう。さらに追い打ちを掛けるよう夕方、探し当てた某廃校は資材置き場に転用されていた。今日は宿に向かおう。気を取り直しハンドルを握ると一路日本海側を目指し夕方ようやく海沿いの小さな街、長門市に入る。
夜、ビジネスホテルに隣接するスーパーを覗いたものの閉店間近なのかろくな食材が見当たらず。
愚痴いているとホテル内にレストランがあるというので覗いてみる。貧乏旅行なのでまず値段を見る。もう一度見る。なかなかの価格。しかし意志の弱さなのかそれとも厨房から漂うよい香りのせいかふらふらと入店してしまう。


雰囲気も良く調子に乗って飲めないビールまで思わず注文してしまうという普段の旅ではありえないほどの贅沢な夜となってしまった。今日は悪天候で島にも渡れずさらには二度も廃校を外したりと散々な日でもあったが立ち直ることができそうだ。
[続く]
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