●2014年11月某日/変わりゆく廃墟の島、犬島徘徊記〜秋編〜
- 2014/12/19 22:46
- Category: マニアックスポット

瀬戸内海に浮かぶ島、犬島。人口わずか50人。
この小さな島を初めて訪れたのは17年前、1998年の事だった。
目的はもちろん島の一角に残るかつての精錬工場廃墟。
その数年後、廃墟は某企業の所有となり、美術館として改装、
静かだった島自体もアートの名の下に大きく変貌してしまったとのうわさに
長い間再訪する気も起こらず次に犬島を訪れたのは2014年春のこと。
かつては廃墟や廃屋が点在するだけだった静かな島の変貌ぶりに驚かされつつも
島自体の良さに改めて気がつき半年後再び訪れた。
→半年前の訪問期【LINK】
photo:Canon eos7d 15-85mm
2014年秋。岡山市宝伝港に半年ぶりに立つ。
港の沖合3キロほどの瀬戸内海上に浮かぶ平坦な島、これが犬島だ。朝方から海上を漂っていた朝靄も次第に薄まり、島に立ち並ぶ精錬工場跡の煙突群もうっすらと視認できるようになった。
精錬工場廃墟を求め初めて犬島を訪れたのは今から17年前のこと。当時は車の免許も、さらには現在のように検索すれば何でも出てくる便利なネット環境も存在せず、果たして本当に廃墟が存在しているのかもわからないまま岡山駅から路線バスで宝伝港を訪れたのだった。
当時、船の乗客はゼロ、寂れ果てていた宝伝港桟橋は永い年月の末真新しく生まれ変わっていた。集落内にはいくつもの観光客向けの駐車場まで整備されている。出航時刻が近付くにつれ宝伝港桟橋は到着し始めた観光客で大混雑。ぎっしりと乗客を詰め込んだ午前11時発犬島行きの定期船はわずか5分ほどで犬島港へ接岸した。


犬島でやはり気になるのは17年前に一度訪れたきりの精錬所廃墟。
初回訪問から数年後、精錬所廃墟を含む犬島東海岸一帯はベネッセに買い取られ、「犬島精錬所美術館」なる施設の敷地に組み込まれてしまった。溢れかえる乗客の目的は皆この美術館訪問だろう。自分はといえば半年前、島に上陸し精錬所美術館入口の正門まで行きながら、まるで現在の軍艦島のように観光化された廃墟のあまりの変貌ぶりに正直幻滅し入場する気も起こらずそのままスルーしていた。しかし上陸しながら美術館を見学しなかったことを今更ながら反省、せっかく島に来たので今回は入場してみようと思い立ったのだ。
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さて先述したよう廃墟自体は美術館敷地内に組み入れられてしまったため精錬所跡地を見学したい場合、まず美術館のチケットを購入しなければならない。
船からはき出された数十人の乗客は港に建つ券売所を兼ねた「チケットセンター」へと向かう。その後一斉に美術館、さらに精錬所跡地観光へ向かうと思われる。大集団に混ざりツアーのようにぞろぞろと回ることになったら大変だ、と時刻表を見れば次の船到着は約2時間後の13:00。
船以外にアクセス手段がない犬島では時刻表を頭に入れておけば、空き混雑の把握が容易。到着直後、港やチケットセンター周辺は一旦は混雑するもののそれも一時的、次の便到着までは比較的がらんとした時間が存在している。彼らとかぶらないよう時間をずらそうと、まずは島の反対側にある宿泊予定の犬島少年自然の家まで一輪車を使い今夜の食材や荷物を運ぶことにした。
時間をかけ再び港へ戻ってくると予想通り先ほどまでの喧噪は収まっていた。次の船も到着まで30分ほど間がある。では見学しよう。

犬島の地図。採石場跡に水がたまった池が点在する意外と複雑な地形。その東側に広がる赤い箇所が美術館の敷地となっている。港とチケットセンターからだらだら歩いても10分ほどで到着する。
黒いチケットセンターから美術館正門へのアプローチ、犬島産の花崗岩、張られた芝が目にまぶしいこぎれいな道。かつて、この場所は廃屋や廃車が点在する砂地だった。風に砂埃が巻き上がる中、遙か遠くに見える煙突目指しとぼとぼと歩いて行ったことを思い出しながら進んで行くと錆びたように演出された正門が現れた。



係員の誘導に従って進むと犬島精錬所美術館なる平坦な建物の入口へと導かれるた。先述したよう精錬所跡地を見学するためにはセットになっている美術館入場を強いられるため館内見学後ようやくのことでかつての精錬所跡へ足を踏み入れることができた。
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出口から美術館外観を振り返る。あっけにとられてしまうほどの変貌っぷり。よくもまあここまで大がかりな施設を島に作ったものだ。かつての痕跡は空高くそびえる煉瓦の煙突のみ。内部にもぐり込むことができた第一煙突も美術館に組み込まれ展示品の一部となっていた。
現代アート自体は好きなので美術館の展示自体は純粋に楽しめたとはいえ、かつての廃墟がここまで変貌してしまった光景に放心状態。


昔の犬島の写真。荒廃していた第一煙突周辺は芝が植えられ美術館として整備されてしまった。ここから伸びる順路に従い構内を歩く。入館時間をずらしたことが功を奏したのか美術館と精錬所構内ではスタッフを除き、誰とも出会うこともなかった。
犬島精錬所は東海岸に広がる台地上に点在している。新たに設置された階段で高台まで登り切り到着した。
赤茶けた高台から周囲を見渡すと東には海を挟んで沖鼓島と呼ばれる無人島。西には採石でできた池。そして台地を囲むように島のランドマークでもある計5本の煉瓦煙突が立ち並ぶ。
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半年前、犬島を訪問した際は観光化された廃墟にげんなりして精錬所美術館に入場しなかったためここに建つのは16年ぶり。当時、ここは完全に放置された本物の廃墟だった。当時撮った多数のポジから何枚かをスキャンしたのでの現在の写真と見比べながら回ってみよう。昔の写真の質が悪いのはボロスキャナーと自分の腕のせい。
新たに設置された看板、遊歩道やベンチはもちろんここ17年の変化に最も驚かされたのは植物の繁殖力。かつて精錬時に煙突から排出される亜硫酸ガスの影響か、草木もほとんど生えていなかった犬島のこの荒涼とした高台は、今やそのほとんどを松を初めとする灌木に覆われ全容を知ることも困難になっていた。また煙突群は倒壊の危険もあるとのことか現在は柵で隔離され近寄ることはできない。


一方遠目には煙突自体の見かけは昔とさほどかわっておらず、特に上部が崩れ湾曲し当時から倒壊も時間の問題と思われていた二番煙突【左側の煙突】もほぼ同じ。聞くところによれば二番煙突、整備するにあたりかなりの費用を掛けその姿のまま補強されたのだという。この崩れ掛けの状態をよく維持したものだと、こればかりはベネッセの資金力、あるいは心意気に感心させられる。
島内から、最もよく見える崩れかけの二番煙突は島のシンボルだ。






かつて森に埋もれていた火力発電所跡も現在はご覧の有り様。
写真のように発電所を覆い隠すかのように生い茂ってた周囲灌木も伐採されオブジェのような置き場へと変わり今や見る影もない。当然昔のようによじ登ることも地下室へ潜りこむことはもちろん柵で隔離されているため近付くことすらできずアート鑑賞のように遠目で眺めるだけ。

順路に沿って進み精錬所をほぼ一周し海岸部へと降りてきた。ぐるりと回った順路は最終的に先ほど入場したゲートへと戻るようになっているようだ。
銅の製錬過程で発生するカラミと呼ばれる煉瓦が敷き詰められているこの場所からかつて船への積み込みが行われていたという。宿泊した自然の家で見た古写真には海辺に帆船がびっしりと横付けされた全盛期の光景が映し出されていた。またわずか100mほどの海峡を隔て浮かぶ森で覆われた沖鼓島も古写真によれば多数の関連施設があったことが確認できる。遙か昔、明治・大正のころの話。



海岸部から眺めた荒涼とした風景。砂地に散乱する煉瓦やカラミの残骸。石積みや灌木によって美術館本体の建物がおおい隠されているため、16年前、自分が見た犬島精錬所の印象に最も近い雰囲気だ。
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島内を歩く。島内の居住区に密集する古い民家の間には「家プロジェクト」なる奇抜な形状をしたアート作品とやらが立ち並ぶ。島を闊歩していた観光客たちは犬島初宝伝行き最終便で島を後にしたのだろう、日中、観光客であれほど賑わっていた集落は静まりかえっている。

人気のない家、崩れかけた家。そんな廃屋が目立つ島内。日本の島では犬島に限らず人口減少・高齢化が止まらない。歩いていてもほとんど島民とも出会うことない島内で珍しく集落に住む老人に出合う。招かれた自宅庭で話したところ犬島の人口今やわずか50人たらず、しかもそのほとんどが高齢者だという。前回訪れた際は確か100人ほどと聞いたことがあったのでここ15年ほどで半減したことになる。ちなみに銅バブル最盛期にには狭い島に4〜5000が住んでいたというから驚きだ。軍艦島なみの人口密度。






今夜宿泊するのは前回と同じく廃校を利用した施設、犬島少年自然の家。半年前も泊まった少年自然の家、宿泊費の安さと立地、雰囲気が気に入り今回再び泊まることにしたのだ。もちろん自炊なので本土からリュックに詰めた食材を持ち込んである。野菜や肉を切って適当に厨房の巨大な鍋に放り込むとあとは煮えあがるのを待つだけだ。
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瀬戸内海に日が沈む。夕食の支度が完了するとやることもなくなり宿泊する廃校前の岸壁に腰掛けぼんやりと暮れゆく海を眺め続ける。静まりかえった岸壁に響くのは弱々しい波の音だけ。目の前にあるのは岡山化学工業のある犬ノ島。「何もしなくていい時間」という貴重な体験を、強制的に与えられる島巡りは止められない。


やがて秋の夕日は雲を染めながら水平線へ没していった。周囲は明るさを失うと次第にコントラストのない薄暮に包まれていく。しかしここで終わりではない。
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日没から40分。やがて最も好きな時間が到来する。日が沈み一旦は色彩を失っていた灰色の空を、西から広がりはじめた赤い色彩が染め始めた。紺と混ざり合った赤はみるみる紫へと変化していく。マジックアワーあるいはトワイライトタイムとよばれる一瞬の時間帯。やがて2色は頭上で幻想的なグラデーションを創りだした。こういった壮大な夕景も島に泊まらねば絶対見ることのできない特権だ。



幻想的なマジックアワーもその名の通りわずか5分足らずで終了、やがて島の夜が始まる。ここからは星の出番。
島巡りの楽しみの一つと言えば、先ほどの「やることがない時間」と列んで夜の星空。特に周囲を漆黒の海に囲まれた孤島ではいわゆる光害が存在せず満天の星を楽しむことができる。かつて訪れた絶海の孤島、北大東島では水平線まで広がるこぼれんばかりの星空に圧倒された。
とはいってもこの犬島、先述したよう本土からわずか5分たらず、離島というほどでもないため近隣から届く灯りによって圧倒的な星空が期待できるわけでもない。それでも目が慣れた頃、屋上から空を見上げるとなかなかの星数。
それにしても星の種類や星座、これがまったくわからない。気象に関しては天気図も書く気象マニアではあるものの同じ部類の天文学にはまったくうとい。唯一わかったのは火星という素人っぷり。自分のような人間が星座を頼りに移動・航海を行っていた時代にタイムスリップしたら即遭難だろう。


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夜の犬島を歩く。昼間あれほど賑わっていた島はひっそりと静まりかえり自分の足跡だけが集落に響き渡る。闇に包まれた島で唯一頼足元を照らし出すのは時折現れる街灯の明かりだけ。





夜の島内を歩き続け、やがて東岸へ到着した。闇に沈むチケットセンターからは窓明かりだけがわずかに漏れる。目の前に広がる夜の瀬戸内海をわずかに照らし出すのは点滅する灯台の光、時折沖合を移動する航海灯。その先、はるか水平線にぼんやりと浮かび上がる黒い島影は小豆島。



上空に目を向けれどこまでも続く星に宇宙の底知れぬ恐ろしさを思い知る。そんな夜空を移動し次第に近付いてくるか細い光は人工衛星だろうか、いや航空灯だ。夜間飛行の航空機は頭上を通過すると水平線上をオレンジ色に染める大阪方面へと消えてく。波が静かに打ち寄せる犬島、夜の海岸で空を見上げ続けた。
犬島:岡山県岡山市東区犬島
[了]
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