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●2014年12月某日/紀伊半島廃校縦断〜冬編〜

  • 2015/02/28 23:14
  • Category: 廃校
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三重、奈良、和歌山の三つの県を包み込む秘境「紀伊半島」。
延々と続く山塊、複雑な海岸線、何よりその巨大さゆえ探索にはそれなりの覚悟が必要だったこの半島、
近年続々と開通しつつある高速道路によってそのアクセスが格段に改善されつつある。
それによって紀伊半島探索の機会も急増、今年三度目となり同時に今年最後となる紀伊半島縦断へ出発した。
廃校、神社、青い川などマニアックな場所に出会うことができた冬の紀伊半島徘徊記。



photo:Canon eos7d 15-85mm

[過去の記録]
2013年末横断記[LINK]
2014年始横断記[LINK]
2014初夏横断記[LINK]
2014盛夏横断記[LINK]

過去、数え切れないほど通った紀伊半島。その後10年近く足が遠ざかっていたものの近年紀勢道をはじめ次々に高速道路が開通したことで、ここ二年ほど再び訪れるようになった。とはいえ一気にその全てを回るというわけにもいかず何度かに分け数年がかりで紀伊半島のマニアックな場所を探索していく3年計画を立てた。今年がその2年目にあたる。ここ数回の重点地域は東海岸及び中心部だったので今回は西側に位置する和歌山県側を探索することにした。予定箇所の半分程度回ることができれば良い方か。



漆黒の東名阪、伊勢道、紀勢自動車道を南下していくうち冬の夜空は次第に白み山々の稜線がぼんやりと浮かび上がり始めた。現在地は山が連なる大台町のあたりだろうか。白み始めた空とは対称的に高台を走る高架から見下ろすと眼下の谷間に点在する未明の山里は闇の中、どの民家にも灯りはなく、あだ寝静まっている。集落を照らすものはわずかな街灯の灯りだけ。か細い灯りに浮かび上がるのは民家、電柱、そして地面をうっすらと覆う白い雪。そんな静けさに包まれた未明の集落は猛スピードでヘッドライトが移動する高速道路上とは別世界のよう。

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来る度に南へと延び続ける紀勢道、昨年冬は紀伊長島あたりで途切れていたが今回三重県南部の「尾鷲北インター」が開通したことで、さらに20kmほど南へと延長されていた。「陸の孤島」とも呼ばれた広大な紀伊半島沿岸部を一周する近畿自動車道紀勢線はかつて膨大な年月をかけ繋がれた国鉄紀勢本線のように、和歌山側の阪和道・三重側の紀勢道の両サイドから南下、現在も最南端串本町へとじわじわと近付いている。また熊野尾鷲道、那智勝浦道路も先行開業し無料開放中。紀伊半島を訪れる度に伸び続けるこの高速道路、やがて阪和道、紀勢道の二つが手を結び輪が閉じられる日も間もないだろう。内陸部はともかく紀伊半島沿岸部が秘境から脱却するする日も近い。


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尾鷲で途切れた高速道路を降りると海際を走り続け熊野灘あたりで冷え切った夜がようやく明けた。堤防脇に車を停めドアを開けると冷気がどっと流れ込んでくる。海を見るといつもの癖でつい波を探してしまうがこのあたりは当然べた凪状態。ついでに趣味でもない日の出でも撮ってしまった。

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深夜、サービスエリアで買っておいたパンをかじりながら海に沿った国道42号を延々と走り続ける。車を唯一停めたのは先ほど日の出を眺めた熊野の海岸のみ。どこにも立ち寄ることなく本州最南端、串本の町を通過し紀伊半島の西側に入った。ようやくのことで探索ポイント周辺へ到着。


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一つ目の廃校は和歌山県南端、海沿いの国道から少し内陸に入り狭い山道を上りきった高台に建つ。
この廃校へのアクセスは熊野古道、大辺路と呼ばれる古来の巡礼路を通過することになる。名所旧跡のような場所にはあまり興味が湧かないものの棚田や車幅ぎりぎりの薄暗い杉並木の間を抜ける小道の雰囲気は少し魅力を感じた。

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さて肝心の廃校だが、出発前国土地理院空撮などで場所を探し回った際、上空から眺めたイメージと比べずいぶんと小さく感じた。閉校後、一部校舎が取り壊されてしまったのだろうか、三棟あるいずれの校舎も学校と言うよりもむしろ大きめの古民家のよう。
のぞき込むと抜け落ちた屋根のせいで室内は完全に崩壊している。一方南側の校舎は資材置き場として使用されているようで、往時を偲ばせるような痕跡はほとんど残されてはいなかった。校庭の奥に建つ古びた石碑に刻まれた文字には開校は明治25年、閉校昭和48年とあった。

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廃校に辿り着いた際、真っ先に自分の目を引いたのは学校の木造校舎、ではなく校庭に建つ真新しいプレハブだった。工事事務所のようにも見えるがまさか廃校解体工事でも行われるのだろうか、と近付くと壁面には近畿自動車道紀勢線改良工事と書かれていた。なるほど、紀伊半島一周する紀勢道はこのあたりを通過するのか。本日は年末、工事も休みなのか関係者の姿は見当たらない。



薄暗い熊野古道を抜けだし国道に復帰すると再び開放感溢れる広大な太平洋沿が広がった。どのルートから内陸を目指そうかと悩みながら海岸線にそって42号線を走り続けた結果、日置川ルートに決め現れた河口で右折。尾鷲、熊野から新宮、串本、すさみと延々と平行してきた太平洋ともこれでお別れ。ここからは山の旅が始まる。

県道37号は蛇行する日置川に沿って曲がりくねった狭路が続く紀伊半島らしい道。当然交通量もほとんどない。そんな県道を北上していくと分岐点が現れた。突き当たりの青看板によれば県道は左方向へと進むが目的地は逆方向。右折すれば目的地の廃校へとつながる林道へいきつくはず。

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途中現れた古びた集落をぬけると県道は林道へと変わった。その行程のほとんどは杉並木に覆われ眺望はまったく効かない林道。それでもたまに現れる伐採箇所では視界が開け紀伊山地の広大な山々を目にすることができる。
地図を見れば目的地は遙か山の向こう、まだまだ先は長そうだと思いながら曲がりくねった狭路を運転していていくと前触れもなく道が変化、深い山中の林道とは思えぬ無駄に完備された高規格バイパス路とトンネルによって予想の半分以下のスピードで現地近くまでやってくることができた。


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現在地は薄暗い森の中。目的地の廃校はこの周辺にあるに違いないと目を皿のようにし徐行ながら進んで行くと道路脇に看板が現れた。見ればご丁寧にも廃校名が書かれた案内看板だった。これはありがたい。ここまで親切な廃校はめったにない。



杉並木に覆われた林道から廃校を直接目にすることはできない。車を停め案内看板に沿って森の中を歩いて行くとまず現れた建物は廃校、ではなくいくつかの朽ち果てた建物群。一見、紀伊半島でよく見かける廃村のように見えるがかつての教員住宅なのだろうか。枯れ葉を踏みしめながら進んでいくと学校らしき建物が見え始めた。廃屋、そして廃校とまるで演出されたかのようなアプローチ。

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廃校を有するこの秘境集落は紀伊半島の中でも最深部のひとつ。そんな山中にありながらこの廃校を訪れる人はあとを絶たないようで入口に立てかけられた黒板には卒業生を始めここを訪れた多くの訪問者の名前が書き込まれていた。

離島、あるいは人里離れた集落にも必ず現れる学校校舎。日本の津々浦々に存在する学校を見つける度、感じることが富国強兵の影に隠れ目立たない明治政府の偉業。軍事・産業と違いすぐに目に見える結果が出るわけでもない教育分野へ力を注ぎ明治維新からわずかの期間で離島、山村、どのようにへんぴな場所にも程度の差こそあれ学校が開かれ教員が派遣された。ひっそりと置かれた石碑を見ればそのほとんどが明治開校と書かれている。

現在においても辿り着くには相当の時間を要す紀伊半島南端の集落で当時どのようにに学校が作られたのだろうか。そんな地方の小学校も人口流出と共にみるみるその数を減らし抜け殻となった残骸が残るだけ。この小学校も明治に開校、そして1969年に閉校となった。



狭い林道を何度も切り返しUターン、同じ道を戻りやってきたのは古びた神社。廃校へと向かう往路、車窓に見かけ気になったため帰路に立ち寄ってみた。二つの小川の合流点に突き出た場所に古びた鳥居が建つ。手元の地図にも表示されない名もなき神社だが少し変わった立地がなんだか好きだ。
小橋を渡り鳥居に一礼、本殿はどのような雰囲気なのだろうかと奥へと進んで行く。底冷えのする苔むした古い石畳。そんな参道に半年前紀伊半島で訪れた廃神社を思い出す。当時廃神社の朽ちた参道は蝉時雨に包まれていたが、今回は一転、参道は凜と静まりかえる


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石畳を登り切るとこれまた古びた灯籠が現れた。その奥の社務所のような建物の脇を抜けると奥のぽっかりと広がった空間に本殿があった。古い建物だったのだがなぜか写真を取り忘れた。一体何という神社なのだろう。


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再び紀伊半島縦断を再開。紀伊半島では地図に太線、カラーで明記されている国道が実際に走ってみると酷道だった、というパターンが非常に多い。地図やカーナビなどに任せたまま漫然と運転しているうちに気がつくととんでもない酷道へ入り込んでしまったというケースもよく聞く話だ。

今回は出発前、あらかじめストリートビューで下見をしたところ当初予定していた国道が途中からすれ違い不可能というひどいに状態となっていたので、地図上ではほとんど目立たない県道に乗り換える。
紀伊半島に限らず林業が盛んな地域では国道よりも県道、あるいは林道のほうが整備が進んでいることもある。今回も合川ダム沿いに曲がりくねった狭路が続く国道よりも、地図にもまともに乗っていない県道221号の方が断然走りやすく、すいすいと峠を越え主要道311号へ合流した。


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どんよりとした曇り空。枯れ果てた木々や草。そんな冬の紀伊半島山間部を北上していく途中目を引きつけた光景。それが突如現れた青い川。
彩度のない冬の山間部で目を引くあまりにも鮮やかな川の色。流れもほとんど感じられない川はまるで水に絵の具を溶かしたような青い水をたたえている。

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青い川、日高川は平行する国道424号線と共に下っていくと次第に幅を広げ湖のように変化していく。この川、実はダム湖、上流から流れ込む水がダム湖に滞留し始めるバックウォーターと呼ばれる付近。そのため流れもなく湖面は非常に穏やかだ。

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川に沿って国道をしばらく下っていくにつれ川は完全なダム湖となった。川をせき止めている椿山ダム堰堤もまもなくだ。そんな青いダム湖に架けられた古びた橋が現れたので幹線道路を外れ対岸へ渡ってみることにした。対岸にある旧道となった道は一台の車も現れないため不思議な湖面を見下ろしながら時折車を停め走ることができる。424号の開通前、主要道だったこちらの道は時間の経過とともに次第に草に覆われ忘れられつつあった。



堰堤が近付くにつれ青は次第にくすみ同時に透明度も落ち始めた。時が止まったかのような流れを感じさせないよどんだ湖面は川辺に生える木をも飲み込みこんでいる。枯れることなく緑の葉を茂らせたまま静かにダムへ沈んでいった立ち木。

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ダム脇の国道は過去何度か通過したことがあるが年間通して常に青い、というわけでもなく季節、気象条件によっても変化する。透明度の高い海池河川や青い水を見にさまざまな場所を訪れたが経験上特にダム湖では雪解け等の冷たい水が流れ込むことに関係するのか春先に湖面が青くなることが多いような気がする。

旧道を下るにつれてやがて川の色も薄まり灰色の椿山ダム本体が姿を現した。同時にばらばらと降り始めた真冬の冷たい雨。紀伊半島脱出もまもなく。和歌山有田のあたりの適当なインターから阪和道へ乗ろう。

結局今回の探索でも予定地全てを回りきることはできなかった。とはいえかつてあまりの巨大さゆえ探索を躊躇していた紀伊半島、両サイドから着々と南下する高速道路によって確実に縮小されつつある。

[了]
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