●2018年2月/名もなき坂を測定する
- 2018/02/28 22:38
- Category: 自由研究

坂ブームだそうである。検索すると国内の急坂ランキングなるものが多数ひっかかる。
3位以下はばらけているがどのサイトでも共通するのが1位。
大阪奈良県境にある国道308号暗峠(最大勾配37%/平均勾配20%※諸説有り)
(昔よく訪れた場所。一位も納得。勾配もすごいが一応国道のため意外に交通量があり
狭路の急登で対向車に出くわした時がさらに恐ろしい。夜間がおすすめ。)
しかし国内にはランキングには掲載されない無名の坂が眠っているに違いない。
そう思うのがかつて偶然訪れた坂において、勾配が暗峠を上回るのではと感じたことがあったからだ。
しかし当時、測定器を持っておらず正確な勾配は不明のまま。
あれから11年、この無名坂のことをふと思い出し検索してみるも一向に見当たらない。
このまま埋もれさせてしまうのは惜しいと考え現地で勾配を測定したところ興味深い数値が出た。
photo:Canon eos7d 15-85mm
※今回紹介する坂道は、国道や県道などの一般道ではなく農道のため非公認記録となります。
※スマホアプリの傾斜計で計測したもので正確な数値ではありません。自由研究的な参考記録としてご覧下さい。
●
勝手な自由研究を行うため、名もなき急坂を訪れた。場所は静岡県中部。
以前、建設中だった新東名建設現場に沿って東海地方を横に縦断するという企画を行った際、斜面に張り付く茶畑と無数の坂道を見た。茶葉は日当りの良い場所を好むため茶畑は高所に作られる事が多く、必然的に取り付け道路も坂道となる。今回の目的地もその際見つけた茶畑の農道だ。
当時自分がやっていたwebサイトで坂を紹介した際のスクショが出てきたので掲載。

「すごい坂を見に行く」2007年5月某日と書かれている。ちなみに当時傾斜にはまっていたためか、記事の下は傾斜がきついと言われた豊田スタジアム見学記。
さて11年の歳月を経て2018年。坂はまだあった。
道はつづら折りを作る事なく急斜面をひたすら上へと伸びている。坂道は稜線上で行き止まりとなっているため、直線距離でわずか200mほど。

出発前、国土地理院の地形図から坂の勾配を推測してみた。カーブがないシンプルな直線坂のため計算は容易。あくまで等高線から読みとったもので正確なものではないが全長約190m、標高差約60m。単純計算で平均勾配は30%超。

平均勾配20%の暗峠を上回る数値を期待できそうだ。
それにしても平均勾配の起点・終点は一体どのような基準になっているのだろう。例の暗峠でも大阪側のふもとから峠まで数キロ近く、起点をどこに設定するかで平均値は大きく変わる。その点この坂はいきなり傾斜が始まるため明確な数値が出せそうだ。


この坂、特に名前もないようなので便宜上、地名からとって谷稲葉坂と勝手に名付けた。舗装はされているがもちろん車で上るつもりはない。空き地に車を停め11年ぶりに坂のふもとに立った。
余韻を持たず目の前に見上げるような傾斜がそびえている。
しかし以前感じたほどの驚きは感じない。しばらく考えその訳が判明した。11年の間に中腹の木々が大きく成長、視界を遮っているため坂の全容をとらえる事ができなくなっている。上部の様子が視認できないためゴールである稜線まで行き着く事ができるの少し心配でもある。


北側斜面に位置するため日影となった道に足を踏み入れ坂を登り始めた。坂マニアの方々のサイトによればスマホアプリを使いこのような勾配を計測する場合、下、中心、上の計三カ所で計測、平均値から平均勾配を導き出す方法が一般的のようだ。しかし今回は正確な値を出したいためそれ以上に細かく分割し計測を行う事にした。
●
歩数を数え10歩進んだ場所でさっそく一回目の計測開始。勾配は数値で現す事ができる。10%という勾配は100mごとに10m登るということらしい。
とはいえいきなり数値が表示されても正直実感が湧かないため出発前にいろいろと調べておいた。急坂に挑戦する自転車乗りの間では10〜15%は難関クラス、20%を越えると猛者でしか登坂できない最高の坂として「激坂」認定されるようだ。ここでは一体どんな数値がでるのだろう。

路面の細かい凹凸から影響を受けないよう長さ50cmほどの板で自作した勾配測定板を持参。
[A地点]
小石を払い板を地面に添え勾配測定アプリで計測開始。しばらく数値が動き停止した。勾配約28%。出発からわずか数メートルでいきなり25%を越える数値が出た。さらに正確を期すため周囲何カ所かで計測。平均値もほぼ同じ。この坂は登るほど勾配が増していくためこれは期待できそうだ。

それにしても傾斜のある坂を写真で表現する事は非常に難しいと改めて気がつく。
実際の感覚と、レンズを通して客観的に捕らえた画像の差異が非常に大きい。スキー場で必死で下った傾斜を写真で撮ると落胆してしまうように、視覚では「恐怖感」がプラスされる事で実際よりも傾斜が強調されるのかもしれない。
道路脇に良い基準点を見つけた。茶畑でよく見かけるプロペラがついた霜よけ電柱。垂直に立つであろう電柱とファインダー内の垂直水平線を基準に坂を撮る。

日本一と言われる暗峠に匹敵、いやそれ以上かもしれない恐ろしい傾斜。
谷稲葉坂はつづら折りやカーブなどに頼り勾配を緩める工夫を一切せず、一定の角度を保ったままのシンプルな直線によって傾斜に挑戦しているケーブルカーのような直登。ヘアピンカーブが続き、部分的には一息つく箇所もある暗峠とは対照的な光景。

登るにつれ次第に道にも日が当たり始めた。前回の訪問は初夏、坂の周囲には色鮮やかな緑の茶畑が広がっていた。しかし美しかった両側の茶畑は手入れもされていないのか茶葉が伸び放題、まるで耕作放棄地のような状態になっている。冬の季節も相まって枯れ果てた茶色の光景となっていた。


地道に測定を繰り返しながら登り続ける。周辺の平均勾配は35%。傾斜は確実に増しつつある。
このあたりまで登ると周囲の茶畑跡は果樹園へと変わった。果樹業は現在も営まれているようで路肩には害獣よけと思われる網が続いているため定期的に立つ網のポールを基準に淡々と坂を撮る。


[B地点]
勾配はついに40%を突破した。例の暗峠で最大勾配を記録する場所は有名なS字カーブ地点。その値勾配37%。谷稲葉坂はついに暗峠を越えた。この後、道路勾配はどこまで増して行くのだろうか。
[C地点]
幅員は変わらないが東側にわずかなスペースがあった。ここに斜めに車を止めて農作業を行うのだろうか。非常に狭いスペースではあるが軽トラならば転回も可能だと思われる。ほぼ一定の角度に保たれてきた谷稲葉坂の勾配はこの場所で一旦わずかに緩んだ。それでも33%。

このあたりで坂を半分ほど登ってきたことになる。一旦休憩。
しかし見上げると道が続くはずの場所は十数メートル先でススキの原野へと変化している。
こんなはずはない。記憶が正しければ道と茶畑は稜線まで続いていたはず。近づくとススキの合間からわずかに舗装路が見えた。先ほど麓から見上げ成長したと書いた木のあたり。どうやら上部にあった茶畑も同じく放棄されたことによって農道も使われる事がなくなり廃道と化してしまったようだ。

行く手は背丈を超える木々に覆われ道は完全に視界から消えた。背をかがめ木々の合間からもぐりこむ。道を飲み込んだ植物の正体は伸び放題になった茶葉だった。手入れがなされない茶畑はここまで荒れ果てるものなのか。整地された緩やかな緑の畝が続く茶園の美しいイメージとは真逆の野性味溢れる茶葉に驚かされる。
●
茶葉に頭上を覆われた獣道のような薄暗い道を腰を落としながら執念深く登り続けたが前方は完全に塞がれてしまった。まさか廃道となっているとは思わず、散歩のつもりで現地を訪れたため探索用の服装ではないためこれ以上は進めそうにもない。
[D地点]
前進不能地点直前、路面が姿を現した場所で最後の計測を行う事にした。廃道ということで参考記録扱いで見てほしい。
枯れ葉をかき分けそっと板を置く。数字がしばらく動き止まった。
角度23.8度、勾配44%。今回の測定で最大の数値。念のため数カ所で計測したが場所によっては勾配は48%に達した。この後、測定板は傾斜に耐える事ができず路面を滑り落ち土にまみれ停止した。

結局頂上まで50mほどを残しD地点で前進不能。稜線に達する事ができず、残念ながら坂全体の平均勾配を計測する事ができなかった。
中途で終わってしまった今回の計測結果を踏まえ谷稲葉坂の実力を数値化する。
計測箇所17箇所、
01.28.0
02.33.8
03.33.6
04.36.5
05.38.3
06.37.3
07.39.1
08.39.5
09.42.3
10.39.2
11.39.0
12.35.4
13.39.8
14.33.6
15.36.7
16.44.1
17.43.9
最小勾配28.0、最大勾配44.1、そして平均勾配は37.65%。

道路勾配の国内ランキングを参照に制作。ちなみにベタ踏み坂のフレーズで一躍有名になった江島大橋は実際のところたいした事はなくわずか6.1%。ネットに溢れる江島大橋の写真のほとんどは超望遠レンズの圧縮効果が作り出した視覚のトリックである。伝説の暗峠では最高値37%をたたき出すのものの、点在する緩い箇所が平均値を下げてしまっている。
農道であるため単純比較はできないが、それでも谷稲葉坂は国内トップクラスに入る坂道なのかもしれない。まさか廃道となっているとは思いもよらず、正確な測定ができなかったのが心残りだが道が消滅する前に訪れる事ができほっとした。
●
それにしても坂はいつからこのような惨状になってしまったのか。帰宅後、空撮写真で過去に遡り確認すると茶園が荒れ始めたのは2015年以降だと思われる。同時期に撮影されたストリートビュー画像では茶畑の畝は保たれているため、ここ数年で一気に荒れていったようだ。
このまま坂を消滅させるのも惜しいので、自転車による激坂チャレンジなんかで使用したら面白いのかもしれない。
山の中腹から見渡すとお茶の産地だけあって至る所、斜面に張り付く茶畑の姿を見る事ができる。この県には、谷稲葉坂以外にも無名の激坂が数多く眠っている事だろう。
静岡県訪問ついでに変わった隧道巡りも行ったので何枚か掲載。




素掘りトンネルが連続する不思議な小道。
[了]
スポンサーサイト