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●2020年1月某日/日本のトンネル技術が敗退、青崩トンネルの今

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使い古された2003年度版ツーリングマップル中部が手元にある。
リング綴じ時代からこの地図を愛用しており、
車で日本一周を行った際にまとめて購入した全7版の一冊。
そのページ内、長野静岡県境付近にこんな一文が印刷されている。
「あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が敗退」
その場所は標高1082mの青崩峠。
確かに中部地方を南北に縦断する国道152号線は県境のこの峠で分断されている。
文章を読み取る限りでは通行不能箇所を打通すべく行われていたトンネル工事は
崩落によって貫通することなく失敗、撤退したのだと思われる。
古くは青函トンネル、最近では飛騨トンネルなどの難工事を次々に完成させ
橋梁とならび日本のお家芸とも称されるトンネル技術を敗退させた
名もなき峠とは一体どのような危険な場所なのだろう。
とここまで引っ張ったが実は当時から十数回近く現場付近を通過したことがあり
「日本のトンネル技術」が青崩峠に再び挑戦すべく着工した2014年にも記事を掲載してきた。→LINK
そして2020年、調査坑貫通に続き本坑が着手したと知り久しぶりに現場を訪れた。
ついでに気になっていた近隣の廃村を訪れた徘徊記録。


photo:Canon eos7d 15-85mm

あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が敗退2001aokuzuremap06.jpg

今回は静岡県側から国道152号線沿いに青崩峠付近を目指す。しばらくの間は快走路が続き順調に北上を続けたが水窪方面へと分岐すると快適だった国道は一転、林道を彷彿とさせる山道へと変化する。薄暗い森の中をひたすら走り、最果ての市街地、水窪を抜けた。長野県との県境も近い。
この辺りから国道上を走るトラックの姿が目に付くようになった。おそらくこの先にある青崩トンネル工事現場へ向かうものだろう。ご覧のように国道とは思えないすれ違いも困難な道が続くため対向からトラックが現れた場合かなり以前で停止し、お互い譲り合いが必要となる。

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なにげなく撮った上記写真。よく見ると青標識内には自動車専用道を示す緑の文字で「三遠南信道」と書かれている。この数キロ先にかつてあった自動車専用道は後述するよう消滅したため、おそらく35kmほど先の三遠南信道、矢筈トンネルを指すと思うが実際にそこへ行き着くまでには想像以上の距離、そして忍耐力が必要となる。
道に迷ったドライバーが山道を彷徨ったあげく、ついに見つけた自動車道を示す緑の文字。看板にすがりつくように車を進めるとさらに深い山中へ誘導されてしまう。



標識を撮った最後の集落を抜けると谷間が広がり前方の視界が開ける。

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突如、現れるのが県境の山に向かい伸びる高規格道路。一気に広がる幅員、緩やかなカーブ、高架を持ったその姿はまるで高速道路かバイパスかと見間違うほど。交通量は皆無。ここから3kmほどの区間、深い山中に場違いとも思える別世界のような道路が続く。

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道路の先に見えるなだらかな鞍部が標高1082mの青崩峠。日本のトンネル技術を敗退させたとは思えない平凡な稜線だ。10数年前、初めてこの峠を訪れた際、凶悪さとはほど遠い山の形に拍子抜けしてしまったことを覚えている。一体この山のどこにトンネルを敗退させた原因が隠されているのか。
そして山中に突如現れるこの高規格道路、一体何のためのものなのか。



総延長260kmに及ぶ国道152号線は2カ所で分断されている。地蔵峠区間、もうひとつが今回の目的地長野、静岡県境にある青崩峠区間。
この青崩峠は古代より内陸と沿岸を繋いでいた歴史ある街道。現在でもその重要性は変わらず決して放置されてきたわけではなくはるか以前より車両通行可能な道路を開通させようと長野静岡双方から悪戦苦闘がくり返されてきた。しかし最短距離で青崩峠直下を貫くトンネルは地盤の悪さ故、調査段階で掘削不可能と判断され断念。

中部地方整備局に掲載されているPDF資料を読み解くと青崩峠ルートが失敗してからは計4つのルートが検討されてきたことがわかる。以下に資料を参考に書いた地図を示す。突破ルートは主に2方向に分けられる。青崩峠を東側へ迂回するA、D案。西側へ迂回するB、C案。
青崩トンネルルート構想地図2001aokuzuremap001.jpg

その中で最も本命とされていたのが兵越峠方面へと東へ大きく迂回するA案。今となって考えれば場当たり的な感は否めないがとりあえずA、D案へ繋げるため、一般道として構想のあった草木トンネルは国道から自動車専用道へと格上げがなされた上で貫通、さらに高架を使用した自動車専用道と共に山中に不釣り合いな高規格道路が完成した。

現在走行中の広大な道路はこの際に建設されたものだ。将来の三遠南信道開通を見越し勾配とカーブを軽減させるべく高架を贅沢に使用した自動車専用道は当時は暫定ながら無料で走行することができた。ちなみに手元のツーリングマップル2003年度版には「自動車専用道/125cc以下は通行不能」と書かれている。しかし草木トンネル完成後、今度は兵越峠方面の地盤の悪さが判明、青崩峠、兵越峠、双方共にトンネル掘削不能と判断され長らく膠着状態となっていた。ツーリングマップルの例の文章が執筆されたのはおそらくこの期間だと思われる。

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その後、その先はついに作られることなかった。なぜなら事態は急転、2008年青崩峠西側迂回ルート、B案が決定したためだ。そのため兵越峠ルート案は放棄、結果不要になった草木トンネル道路は自動車道から一般道へと格下げという事態となった。続いてツーリングマップル2016年度版を開くと先ほどのコメントは「道路規格が変更され原付徒歩通行可能に」と修正されていた。そんな経緯もあって現在も山中に過剰にも思える高速道路使用の道路が一般道として供用されている。

走行中妙なことに気がついた。建設中のまま放置されミスマッチな光景の象徴となっていた橋脚群が消滅している。取り壊されたのか、見落としたのか、判断がつかないまま走行しているとゆるやかなカーブの先、路肩に停車する多数の工事車両がみるみる近付いてきた。

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本線から分岐する見覚えのない新しい橋、その先の斜面が伐採され黒い口が口を開けているのが見える。
三遠南信道青崩峠道路、青崩トンネル(仮称)静岡工区池島坑口。かれこれ10年近く、この工事の行く末を追っていたため現実になったその姿に感激してしまった。

青崩峠トンネル2002aokuzurepass04.jpg
青崩トンネル建設現場2002aokuzurepass08.jpg

この区間、交通量は皆無、さらには将来、料金所かなにかを設置予定だったのか路肩が異常に広いため停車スペースはいくらでもある。本来、高速道路になるはずだった場所に工事車両に混じり停車し、広大な路上を徒歩で歩く。なんだか新鮮だ。

現在地は池島第二橋付近。かつてこの道が自動車専用道だったことを示す緑色の文字が修正されることなく残されている。高架上の欄干にもたれ目の前でおこなれている工事を眺める。谷奥にあるのため一般人が目にすることができない長野県側工区に比べ静岡工区は高架橋上から俯瞰が可能のため現場の作業光景が非常によく見える。

青崩峠トンネル2002aokuzurepass07.jpg
青崩トンネル建設現場2002aokuzurepass05.jpg
青崩トンネル建設現場2002aokuzurepass06.jpg

坑口の上に飾られている木材は化粧木と呼ばれる工事の安全を祈る物。
5.9kmの青崩峠道路のうち青崩トンネル部分は全長4,998m。全長5,000mを超える長大トンネルでは危険物積載車両通行禁止とされているため、そのような車両が通行できるようにぎりぎりで5kmを切るように設計したのだろうか。
2020年2月現在、工事状況を示す中部地方整備局のサイトは更新がなされていなため掘削距離は不明だが素人目で見た限り活発に作業が行われていた。


それにしても最近の土木現場、ビル、ダム、トンネルいずれもウェルカムな雰囲気が凄い。一昔前は人目に触れさせないように仮囲いによって遮断し秘密裏?に行われていた現場も最近は透明なものが増え青崩道路長野工区に至っては、道路脇に見学スペースや記念撮影用?三脚置き場まで設置されて(2014年)驚かされた記憶がある。かつては問答無用で行われていた土木事業も公共、民間問わず国民の理解を得られないといけない時代となったようだ。

青崩峠トンネル新ルート地図20012002aokuzuremap006.jpg


さて工事が長年に渡って停滞し続けた理由、それは中央構造線が原因とされる。一見なだらかに見える県境付近、しかし「青崩」という地名に代表されるように地下を南北に走る中央構造線のために脆弱な岩盤が隠されている。「あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が敗退」。2003年、初めてこの名文を読んだ当時は本坑掘削が進みながら内部崩落によって撤退を余儀なくされた壮絶な現場を想像していたが、実際には調査段階で撤退したのが事実のようだ。今回は慎重な地盤調査を行った末、中央構造線を西へと迂回するルートを採用したとはいえ先日貫通した調査坑ですら難工事となったようだ。

南アルプスを挟んだ東側でも以前、同じような名称を持つトンネルに出会った。それが山梨県早川町にある青崖(あおがれ)トンネルと廃道青崖隧道。→LINK 
青崩と同じくもろい地質のようで廃道上には落石が散乱していた。訪問当時、青崖トンネル奥地の谷間は南アルプスを貫通させるリニア南アルプストンネル山梨工区となっており非常口着工が行われたばかりだった。

2020年現在、青崩峠トンネルの名称は(仮称)とされている。どこか不吉な予感を感じさせる「青崩」という名称、自分は好きだが一般受けしそうもないため採用されない可能性もある。

三遠南信自動車道避難坑2002sanennannshin01.jpg

長期間停滞していた青崩峠トンネルとは対称的に三遠南信自動車道工事はこの峠を目指し南北から着々と進行している。上記写真は愛知県内の様子。某トンネル建設現場の見学会にて避難坑を見学した際のもの。
長らく秘境と呼ばれてきた三河、遠州、南信州の三県境、三遠南信にインフラの波が届く日も近い。



青崩トンネル建設現場から「自動車専用道路」跡を進むことわずか300m、続いて待ち構えているのは将来を期待された過去を持ちながら「用済み」となってしまった草木トンネル。
このトンネル、長さは特記するほどでもないが上記地図で描いたように中央構造線と直角に交わることになったため想定以上の難工事となったことで知られている。前述したように自動車専用道として建設されたものの、「格下げ」され一般道へなってしまった結果、改装が行われ歩道も付けられた。とはいえこのような山中で歩道を使用する歩行者等いるはずもないのだが。

草木トンネル2002aokuzurepass09.jpg
草木トンネル2002aokuzurepass010.jpg


草木トンネルを抜けた先にある草木ランプ橋と名付けられた場所。上記の写真端にはいずれどこかへ伸びる予定だったと思われる延伸箇所が断面をさらけ出しながら放置されたまま。
現在は使い道のない広大なスペースとなっているが、実は今回、ここから北東側へ進んだ山の斜面で新たな法面工事が進められていることに気がついた。仮に高架を延伸させると沢を跨ぎちょうどぴったり合う場所。もしかすると消滅したA、D案が一般道として再び動き始めたのかもしれない。


県境までは直線距離で残り3kmほど。立派な高架橋、草木トンネル。前知識なしにこの道を走行中の人ならば、あとは一気に長野県へ・・と思ってしまうのも無理もない。しかし現実は甘くはない。

長野静岡県境は県境で分断されていると何度も書いた。しかし正確には車の通行が可能な車道が1カ所存在する。それがここから紹介する兵越峠ルート、市道水窪白倉川線かつての旧兵越林道だ。適当な地図には表記すらない、いかにもその筋のマニアが好みそうな怪しい名前。2020年現在長野県と静岡県を直接結ぶ唯一の道だ。

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現在走行中の高規格道と旧兵越林道との接続は非常に面白く2010年頃の徘徊記録を始め過去に何度か紹介したことがある。このような場合、通常ならば道路は余韻をもって次第に幅員が減少していくもの。ところがここでは道が唐突に終わるのである。

草木トンネル旧兵越林道2002aokuzurepass011.jpg


今まで走行していた広大な車線が嘘のように、頼りなさげな一本道へと変化。道は廃屋が点在する森へ消えてゆく。実際にこの先は10キロほどに渡り急カーブが連続する幅員狭小の峠道が続く。それでも草や葉が枯れ果て視界が広がる冬場はまだマシ、夏場は旺盛に繁殖する植物に覆われ旧林道入口の視認すら困難だった。前知識なしにこのような光景を目にした場合、思わずブレーキを踏み車を進めることを躊躇してしまうのではなかろうか。
ちなみに上記地図に書いたように本命ともいえるAルートが採用された場合、草木トンネルを経由してこのあたに長野側へ向けトンネルが掘られたはずだ。



せっかくこのような辺境の地まで北上したのでこの先の某ポイントを訪れてみることにした。土木とはまったく別のジャンルだが、かなり以前google空撮写真で見つけストックしておいた場所。
長野静岡を分断する山塊から南へと続く標高900mほどの尾根の斜面に数棟の廃屋らしき建物映し出されてた。この界隈は秘境集落、山岳集落の宝庫でもあるがここはmap上に文字が表示されないため廃村だと思われる。長らく空白となっていた集落だったが最近になってmap上に「集落跡」という文字が表記されるようになりやはり廃村だと確信した。



道を遡った先にある尾根へと続く分岐点を目指し車を進めた。旧兵越林道は草木川の渓流沿いに県境に向け続いている。古くは武田信玄最後の大攻勢、西上作戦の舞台ともなった歴史ある街道であるが現在はいつ訪れても交通量もほとんどないひなびた道。今回も往復中一度たりとも対向車とすれ違うことはなかった。

もちろん周囲には一軒の民家もなく、逆に道路脇の茂みや木立の合間には崩れかけた廃屋が点在している。廃村のように大規模なものではないがよく見ると森の中にはいくつもの廃屋の姿が見える。いずれも非常に小さな平屋で生活拠点なのか、あるいは林業小屋として使用されていたものかはわからなかった。

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兵越峠に到着する直前に集落跡へと続く分岐点がある。何度も通過したこの場所だが分岐路へ入るのは初めて。侵入した林道は意外なことに舗装がなされ最近手が入ったようにみえる。しかし舗装路も数百メートルほどで途切れあとは落石が散らばる荒れたダート道となった。

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とはいえ暖冬に見舞われた2020年冬、積雪や凍結の恐れがないためこの時期の探索にしては気が楽だ。木々の合間からは遙か眼下に先ほどまで滞在していた草木トンネル高架橋がわずかに見えた。標高1,000m近い尾根を越えると林道は一気に下りにかかる。急勾配の細道を下り続けると前方の視界が開けた。



到着。杉の木立に覆われた斜面の一画、ここだけが伐採され明るい雰囲気だ。この場所が空撮で見つけた廃村に違いない。空撮によれば奥にはさらに多くの民家が残されているようだったが林道がチェーンで封鎖されていたためこれ以上進むのをやめ遠巻きに眺めるだけにした。わかりづらいが杉林の間には朽ちた屋根がいくつか見える。

針間野集落跡2002aokuzurepass019.jpg

標高約900m。寒風吹き付ける集落跡の正面には広大な山々が連なっている。現在立つ尾根の斜面下部にはいくつもの民家が張り付き生活が営まれていた。しかし現在、住人の多くはこの地を去り、そのほとんどが廃村となっている。下界とを繋ぐ手段として標高差を一気に解消する索道(ケーブル)も使用されていたようで時折訪れる紀伊半島の秘境集落と条件が似ているように感じた。

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膨大な予算と年月をかけ貫通させた草木トンネルを手放したくない思いから何度もルートが練り直された青崩越え。しかしルート断念、変更によって自動車道としての使い道がなくなった草木トンネル。現在googleで草木トンネルを検索すると「草木トンネル 無駄」と表示されてしまう有り様だ。
この結果をどのように総括しているのかと以前中部地方整備局のサイトを覗いてみたことがあった。そこで見つけた資料には、あくまで案としてだが今後の活用として「歩行者や自転車等が通行可能に変更」とあった。確かに今回久しぶりに通行したトンネル内には車線を減らし歩道が作られていた。しかしトンネル周辺はこのような山々が連なる秘境の地。車の往来もほとんどなく、ましてや急勾配の路上を歩く通行人の姿など一度も見たこともない。なんだかこじつけ的な気がしないでもない。



そういえば今回知ったが2018年度版ツーリングマップルから例の「日本のトンネル技術が敗退」のコピーが書き換えられたとのこと。本屋で確認すると確かに「三遠南信道のトンネル工事が再開」へと表記が変わっていた。購入から17年近くも経過、新しい版を購入しようかと思うが記念に旧版を手元に残しておくことにしよう。

廃村と限界集落が点在する広大な山地を横断する旧兵越林道。現在は貧弱ながらも長野、静岡間を通行可能な唯一の車道としてなんとか生きながらえている。大きなトラブルもなく予定通り青崩トンネルが開通しすると存在意義もなくなり草木トンネルともども今以上に寂れていく運命なのだろうか。そんな中、旧兵越林道方面で新たに行われていた法面工事がやはり気になってしまうのだ。

[了]
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