●2021年10月某日/孤高の廃墟、天空牧場、能楽の里牧場で見た落日と星。
- 2021/10/10 22:22
- Category: マニアックスポット

毛無峠、天空の池に続く夏の車中泊ポイントとして車で行ける人の気配のない高地を求め
いつものようにgooglemap空撮で国内上空を彷徨っていると標高1,300mの山上にある牧場を見つけた。
そこには空中に突き出た謎の廃墟が下界を見下ろす草原に残されているようだ。
この場所を知ってから2年余り、社会情勢のため訪れるのをためらいつつ
2021年になって廃墟のある牧場跡へ向かうことができた。
場所は福井県の山中、部子山(へこさん)という山の尾根にある能楽の里牧場。
霧、悪天、星、そして偶然の花火。
劇的な気象の変化に翻弄された6年前の毛無峠車中泊を彷彿とされる夜となった。
photo:Canon eos7d 15-85mm
※本記事は訪問時のものです。現在の状況は異なっている可能性もあります。
かなり以前に失われた場所を徘徊する数ヶ月に及ぶ日本一周の車中泊旅をボロ車で行った。現在でこそ、ちまたに溢れる車中泊だが当時はまだマイナーな存在。車中泊初心者だった自分は広大な駐車場や空き地に夜間たった一台という心細い体験を何度もしたもの。自分がその時の実体験を経て現在も実践している事も多い。
例えば、
・高速道路車中泊では小さなPAを利用すること(車両の出入りも少なく照明も暗いため安眠できる)・既に車中泊を行っている車があった場合、その隣で静かに車中泊を行うこと(寝入っている車は朝まで動かない、一方現時点で空いている場所は、後に車が集まるリスクがある)
そして最も身にしみたことは真夏の平地での車中泊やキャンプはやるものではない、ということ。その理由は、暑さで眠れぬ熱帯夜、不快な蚊、暇を持て余す若者の大騒ぎ、など本サイトによく登場する。
その際の苦い体験が下界の猛暑とは無縁の人気のない高所での車中泊へと繋がり、代表的な車中泊ポイントが長野群馬の毛無峠、長野の天空の池(下記)であった。しかしかつては無人状態だった毛無峠車中泊も現在は混雑、天空の池は崩落によって通行止め。


そのため、第3の夏の車中泊スポットとして福井県高所にある能楽の里牧場なる場所が浮上したのだった。
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某日、標高1,300mの高地にある牧場目指し林道を上り続ける。林道起点から目的地までは直線距離で3.5kmほどだが標高差1,000m近くを登りきる必要がある。そのため相当な悪路を予想していたが路面は舗装されており、一般車では上ることも困難な急傾斜ダートが続く天空の池と比較すると走りやすい道。但し路肩の狭い区間が連続するため予め待避所を頭に入れておく必要がある。一度だけ荷台を満載にした林業トラックとすれ違ったがたまたま待避所があったため助かった。
登り続けること30分あまり、やがて傾斜が緩むと灌木が途絶え視界が広がった。

上りきった場所は山の斜面に笹やススキが密生するなだらかな草原となっていた。奥へと続くダート道の先に建造物があるはず。
ダート道を抜けると傾斜地から空中に突き出た奇妙な構造の建物が佇んでいた。色褪せた建物は使用されている気配は皆無、廃墟と呼んでも言い過ぎではないだろう。



建物は鉄骨で組まれたシンプルで無骨な構造、浮遊感を持った外観は時代を経た今となってはレトロフューチャーを感じさせる空中廃墟となっている。
一見キャンチレバーと呼ばれる建築に見えるが実際はトラスによって建物が支えられていることがわかる。様々な角度から建物を検証してみると鉄骨トラスを構造体とし、突き出た建物の先端部は下界を見下ろすガラス張りとなっているようだ。


この場所は能楽の里牧場と呼ばれる地上からは隔絶された山岳牧場。牧場と言っても見渡す限り一匹の牛もおらず、それどころか牧草地にはススキとクマザサが生い茂り草原と化し荒廃した雰囲気。能楽の里牧場は現在使用されていないようだ。牧場閉鎖後も一画に残されたまま、厳しい冬の風雪に耐え建ち続ける建物は、孤高の廃墟と呼ぶのがふさわしい。
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思い返してみるとこのサイト、放棄された山岳牧場跡が登場する機会が妙に多い。長野県の天空の池も使用されていない山岳牧場、黒川牧場の敷地内。他にも下記バナーの廃山岳牧場が登場している。山上に残された草原と廃墟の組み合わせに代表される荒涼とした地形に魅力を感じるのからなのだろうか。


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人気のない廃墟の真横に車を停めドアを開けると冷気が体を包み込んだ。下界では30度近くまで気温が上昇、秋とは思えぬ暑さに覆われた今日だったが、山上のこの場所は予想通り涼しく、今夜は快適な車中泊を送ることができそうだ。

秋というよりも夏を思わせる天候はめまぐるしく変化し、西の空に発生した積雲が牧場跡に接近、気がつくと周囲は白い霧に包まれていた。しかし衛星写真によって夕方までには霧は晴れることを確信、山を下りることなく廃墟脇に停めた車の車内で本を拡げ腰を据えて待ち続ける。
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前触れもなく霧のベールが切れた。わずか30秒後には白い空間に西日が差し込み風景は劇的に変化する。

いずれ霧が晴れることはわかってはいたが、予期していなかった驚きのペースでの天候回復を目の当たりにして、あわてて車から降りると裏手にある小さなピークへの斜面を駆け上った。
吹き付ける風によってみるみる霧は流れ去り、透過する西日が霧中を拡散し周囲の風景を金色に染め上げる。そして廃墟は再びその姿を現した。


建物内部に西日が射し込んだことでディテールが浮かび上がり、内部構造がわかるようになった。最も外に突き出た部屋には剥がれた床上にパイプ椅子や木のテーブルのようなものが置かれているようだ。牧場管理棟とも言われるこの建物には展望台のような役割もあったのかもしれない。
高台にある建物は空中に突き出しており、さらには西向きのため夕日、夕焼けにも対応、展望台としては最高の立地と構造だ。老朽化はしているものの躯体自体は見た感じ再利用できそうに見える。

現在日本各地では高台にある老朽化した展望台を○○Terrace(テラス)と名付けリニューアルすることが流行しているが、ここはそれらの中でも立地のポテンシャルとして申し分が無く、いつの日か廃墟が再び日の目を見ることもあるのかもしれない。個人的にはこの朽ちた雰囲気が残って欲しいのだが。
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予定通り天候も回復、日没、星空を迎える前に車中泊の準備にとりかかる。とはいってもたいそうな準備も必要なく車内にテント用マットを敷きシュラフを拡げるだけ。夜間は涼しいというよりもむしろ冷え込むだろうと冬用シュラフを選択。普段行うキャンプではないので夕食も下界のコンビニで買った冷たい惣菜パン。映えない食事だが雄大な光景を眺めながら食べるとテンションも上がる。
17時30分、日没を迎え太陽は地平線の雲の中へと没していった。




日没から20分あまり、薄暮と呼ばれる時間帯。頭上に広がる鮮やかなグラデーションが変化していく。しつこく書いているが夕日よりもマジックアワーと呼ばれる日没後、空が染まる時間帯が最も好きだ。


廃墟のガラス窓が鏡面のように空の赤みと同化し、下界の灯が点りはじめる。日中は山しか見えなかった場所も家々に明かりが点ったことで人々の生活範囲がわかる。現在地は岐阜県境に近い福井県南部、山々の合間にこれほどの暮らしがあったとは。


やがて東の空から闇が迫り地平線に残されたわずかな赤みも消え去っていった。
空から色が消えると下界の夜景が浮かび上がる。牧場は山間部に位置するため夜景と言っても派手さは一切なく、はるかに控えめだがそれが良い。夜の訪れと共に、頭上に星空が広がり始めた。




夜になると牧場跡の雰囲気は昼間とは一転、闇の中、星空を背景に廃墟が浮かび上がる。
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かつて施設にはこのように照明が点っていたのだろうか。山上にある建物は下界から豆粒のように見えるため、闇夜を照らす姿は灯台のように見えたのかも知れない。
夜間改めて建物を眺めると星空とセットになったレトロフューチャーなデザインはSF作品に登場しそうな宇宙船や発射台を思わせ、この非現実的な光景も悪くないように感じた。

星を見上げていると定期的に届く低い音に気がついた。午後、悪天候をもたらした雷鳴だと考えていたが、その正体は意外なものだった。
音のする方角へ目をこらすと遙か遠方の山裾で光っては消える発光体が見えた。それは福井県のどこかの街で偶然開催されていた花火大会だった。まともな望遠レンズを持たないのでこの程度。

稜線越しにわずかに見える花火の輪郭、そして間を置いて山上へ届くかすかな炸裂音。建物裏手の山のピークに上ればおそらく輪の全体を撮れただろう。
霧、夕日、星、そして予期せぬ下界の花火。6年前の嵐の毛無峠車中泊の再来のようだ。

深夜2時。頭上の視界はクリア、星空が広がっているが下界では霧が発生したようで夜景がにじんで見える。明日早朝は谷は朝霧で覆われ雲海のような様相を見せるに違いない。
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やってしまった。3時50分にアラームをセットし一旦起床、シュラフから寝ぼけた頭で外を眺めたが窓は真っ白、車外は霧に包まれていると思い二度寝する。しかし霧だと思ったのは窓ガラスの結露。実際には既に外は晴れ渡っていたようだ。再び目覚ますとすでに5時を回っていた。




防寒具を着込み裏手のピークへと立つ。建物は相変わらず静かに下界を見下ろしている。やがて東の部子山稜線に朝日が昇り、日影だった建物に光が届き始めた。
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まもなく紅葉を迎える能楽の里牧場周辺、林道冬季閉鎖によって冬の眠りに就くまであとわずか。廃墟は山上の厳しい風雪にさらされながら春まで耐え続けることになる。




牧場跡から林道を下っていく途中、視界が開ける場所が中腹にある。車を停め振り返ると先ほどまで一夜を過ごした廃墟がはるか高台に見えた。
[了]
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