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●2022年2月某日/真冬の大井川奥地で見た廃吊り橋。

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大井川中流域から上流域にかけては
数多くの吊り橋が架けられていることでも知られている。
夢の吊り橋や無想吊橋などが知名度の高い代表的な吊り橋だろう。
生活道や林業用、発電メンテ用として架けられた吊り橋の多くは現在観光用として人を集めている。
同時に廃止された吊り橋も多く、河川沿いを走ると使用されなくなった吊り橋を時折見ることができる。
しかしそれら「廃吊り橋」のほとんどはメインケーブルが取り外され主塔ゲートだけが残されている状態。
その中で珍しく自然風化した状態で残された廃吊り橋がある。場所は最深部井川集落のさらに奥。
あの無想吊橋ほどのインパクトはないが
吹き下ろす寒風に揺られながら人知れず残るその姿に魅了された。


photo:Canon eos7d 15-85mm 訪問日:2021年.12月
※本記事は訪問時のものです。現在の状況は異なっている可能性もあります。


近年、国内各所に長さ・高さを競うように「日本一」を自称する観光用吊り橋が次々に作られたが、それらの類いにはどうも興味が湧かず訪れたこともない。自分の中での吊り橋とは谷間を行き交う手段を望む住民の声によって架橋された生活道としての「生活吊り橋」。その点、かつて日本一を誇っていた奈良県谷瀬の吊り橋は現在でこそ半ば観光地として役割を担っているが、60年も前に架橋を望む対岸集落住民の声によって建設された本来の意味の生活吊り橋である。



大井川に沿って上流へと遡った静岡県奥地、井川地区から冠雪した南アルプスの姿を望む。ダム湖畔にわずかな民家が点在する果ての集落。以前も書いたが中央高速道路が当初の計画通り建設されたのならば、井川インターが設置され、取り残されたかのような井川地区は別の未来をたどったことだろう。
このあたりまで北上するのは畑薙ダムで車中泊、そこから自転車で25kmダート東俣林道を走破し田代ダム、さらに最深部のリニア静岡工区建設予定地を見に行くという酔狂な試みをした2016年以来。→LINK

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紅葉シーズンも終わった冬場に山間部を訪れる観光客もいるわけもなく、往来する人はもちろん車も見当たらない。吊り橋が残されているのは写真中央、入り組んだ尾根に挟まれ日影となった谷底付近だと思われる。見るからに寒そうで気が滅入る。



県道から分岐した薄暗い山道をしばらく下ると谷底に架けられた古びた橋が現れる。その橋上で視界が開け、見えた。
路肩に停めた車から降りる。寒い。今朝は氷点下4度、日中になっても気温は上がらず橋上の水たまりは厚く凍結している。

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日も当たらない谷底の橋上、冬山から吹き下ろす身を切るような寒風に凍えながら観察した吊り橋は踏み板が垂れ下がる様子が遠目にもわかり、確かに廃吊り橋といって良いだろう。



吊り橋が架かる場所は大井川本流と支流の合流地点にあたる。現在の大井川は水の流れはほとんどなく枯れ果てており、大河のイメージからはほど遠い。実際の所、大井川の水量は至る所に設けられた水力発電所の導水路によって人工的に管理されているのが実情だ。

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対岸には小さな集落、斜面に張り付く民家合間の路地から川へ降りるルートを見つけた。吊り橋目指し枯れた川原を歩き続け、日影を抜け出すと寒さは多少やわらいだ。



真横から見ると視線の関係でまともに思えた吊り橋だったが、冬空を背景にするとその崩落具合が露わになった。
大井川で見かける主塔ゲートだけを残した廃吊り橋と違い、ここはまだ原型をとどめている。しかし踏み板のほとんどが消え去り、残された木片と番線はそれぞれの方向に垂れ下がり寒風に揺られ続けていた。

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静岡県大井川小河内の廃吊橋2112suspensionbridge0204.jpg
小河内廃吊り橋空撮2112ikawaturibashid01.jpg

それにしてもワイヤーの耐久性には驚かされる。村民に出会えなかったため放棄された時期は不明だが、それなりの時間が経過してもメインケーブルはたわみとテンションを保っており、吊り橋の基本形は維持されている。過去様々な廃吊り橋を見てきたが崩落の順序はどこも同じ、メインケーブルが切断されない限り基本形状は残りそうだ。



続いて左岸崖上に見える門のような主塔を目指す。崖を登れるようなポイントも見当たらないため、一旦集落へと復帰、しばらく車道を歩き森の中にあった踏み跡をたどると橋の入口に出た。
このような場所を訪れる物好きもいないのだろう、他の廃橋のように通行止めや渡橋を禁止する看板は見当たらない。この状態を見れば興味本位に渡ってみようと思う状態でもないことは誰でもわかるか。
自然崩落か、意図的に取り外したのかは定かではないが手前数メートルは完全に踏み板が消え去っているため、一歩も踏み出すこともできない。

静岡県大井川小河内の廃吊橋2112suspensionbridge0205.jpg

橋上は中央に向かい両側から残骸が積み重なっている。これらの板材、最初は踏み板だと思っていたがその太さからして両側にあった欄干ではないかと思われる。
驚いたのは強い圧力によってねじ曲げられた鋼材。洪水による水流によって破壊されたかのように見える。枯れ果てた大井川の水位がここまで達したというのも信じがたいが、紀伊半島で洪水で破壊された遙か高所にある廃吊り橋を見たことがあるのであり得ない話でもない。

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静岡県大井川小河内の廃吊橋2112suspensionbridge0301.jpg

吊り橋周辺の光景。入り組む奇岩、そして静かに水をたたえる透明度の高い淵が作り出す自然美の背後に佇む、錆び付いた廃橋は絵になる。



振り返ると当サイトに「廃橋」というジャンルが登場するのは立場川橋梁以来。いずれ訪れるべく予定地リストで寝かしてあった廃吊り橋をわざわざ真冬に訪れたのはなぜか。それは山を隔てた隣にある某廃橋の消滅だった。絶妙なバランスでひっかかるトラスが奇妙な光景を作り出していた山梨県早川町にあった廃橋、旧稲又川橋。[2015年撮影]。

山梨県早川町稲又川橋1503yamaClosedschool03.jpg

最近その橋が行方知らずに。どうやら上流からの堆砂に埋もれ、人知れず消滅したようだ。
このように「廃墟」たるもの、いつ消えるか、または人為的に解体される可能性も棄てきられないためため急遽訪れたのだ。

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背後に見えるのは先ほど凍えた橋。集落と県道とは大井川の流れに阻まれており、両者を繋ぐ手段として簡易的な橋、吊り橋が選ばれたのだろう。その後車の通行可能な橋が作られたことで不要になった吊り橋は解体されることもなく、朽ちゆくままに任せ風に揺られている。



ここには廃吊り橋以外にも「見所」があった。それが吊り橋周囲に広がる景勝地を思わせる美しい光景。
大井川本流と支流の合流地点に露出した岩盤が川面から突き出ている。島のようになった岩の山頂にバランスよく生え揃った数本の松が逆光を浴びまるで盆栽のような様。

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静岡県大井川小河内の廃吊橋2112suspensionbridge0501.jpg

そして深い青色をたたえた水面。吊り橋が使用されていた頃は橋上からはさぞかし良い景色を眺められたことだろう。
この時期、深い谷底では日照時間もわずか。冬の日が次第に傾き、稜線の影が谷間へと急速に迫ってくる。背後の山の斜面の森が黒い影に落ちたことで、西日を浴びるメインケーブルの優雅な曲線や繊細なワイヤーが浮かび上がった。

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繊細、曲線美。このあたりが吊り橋が美しいと言われるゆえんだろう。本来、谷や川を渡るための簡易的な手段として架けられてきた吊り橋は、その機能として軽量化が求められ、曲線が加わることで重量感ある無骨な土木事業の中で別格の存在感を示している。規模はまったく異なるが以前、高さ298m、明石海峡大橋の主塔先端から吊り橋全体を俯瞰した際も弧を描き伸びるケーブルに魅了された。



さて現地を訪れるまで知らなかったが、廃吊り橋から支流を遡ったわずかな距離に別の吊り橋があることに気がついた。支流の谷間は流れ込む堆砂によって埋め尽くされており、吊り橋真下から手を伸ばすと、踏み板は手の届きそうな間近に迫っている。

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崩落こそしていないが、橋全体が大きく傾斜しており、こちらも廃吊り橋。対岸には民家もどころか何も見当たらず。
最後の日の光を浴び浮かび上がる吊り橋は、片側から山の影に覆われて行った。



周囲は山の影が迫り再び寒さに包まれた。それでもせっかく奥地を訪れたのだからと欲を出し、さらに山を登った先に残るそれ分校跡を探そうと試みるも日暮れによって時間切れ。時刻は夕方、ここからは延々と大井川沿いに下る必要があり帰路は遙かに遠い。

[了]
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