●2017年8月某日/東北徘徊録〜山形・秋田廃校編〜

  • 2017/09/30 19:59
  • Category: 廃校
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記録的な日照不足に見舞われた2017夏、いつものように訪れた東北は曇天だった。
沿岸を北上するにつれやませと呼ばれる冷たい霧雨に包まれ
本来色鮮やかな姿を見せる北の海もまるで真冬のようによどんだ姿を見せていた。
寒かった2017年夏、キャンプ場や廃校に泊まりながら放浪した三年連続の東北一周徘徊録。


photo:Canon eos7d 15-85mm


山形県の廃校

山形県奥地。山道を走り続けていると緑の田んぼ、そして古びた民家が点在する小さな集落が時折現れる。この廃校もそんな集落外れにある。坂道を登りきった高台の大きな建物。その正体は廃校となった小学校跡。
普段木造校舎に惹かれる自分がなぜ鉄筋の廃校を訪れたのか。それはその特徴的な外観にある。草原と化した校庭跡から眺めたその姿は頭に思い浮かべる鉄筋校舎とかけ離れた姿。校舎は見ての通り角張った円を描く三階建て、このような校舎は「円形校舎」と呼ばれているもの。

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山形県円形校舎の廃校1708yamagata02.jpg


一部に根強いファンを持つ円形校舎とは1950年代に流行した学校の建築様式。
革新的なデザインだったもののいざ使用してみると使い勝手が悪かったようで流行の終わりも早く次第に姿を消して行った。現在でも当時建設されたものがわずかに残り、以前むつ市でも見た事があるが内部に入るのがこれが初めて。

山形の円形校舎は現在アトリエとなっている。まずは校舎一階の様子。この階に職員室はじめ学校の事務機能が設置されていたと思われる。


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70年近く前のものだとは思えないシャープなデザイン。
木造校舎全盛期の1950年頃、おそらく集落は茅葺き農家がほとんどだったのではないか。そんな時代、村の子供達は新築された丸い校舎を見てその構造、デザインから圧倒的な近未来を感じたことだろう。
中央部を貫通する螺旋階段が設置された円形校舎の写真をよく目にするが、この廃校においては階段は中央ではなく壁際に設置されていた。


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階段は至って普通、壁面には当時のものらしき壁画が残されている。

続いて訪れた二階は教室となっていた。1階と同じく建物中心にある空間を取り囲むように扇型の教室が円形に配置されている。教室内は曲線を描く完全な円というわけではなく無骨な直線の梁の組み合わせ。


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この構造、中心に全ての教室に通じるフロアを置くことで廊下分のスペースが節約されるという理由だろうか。また中央に螺旋階段がないためかさらに広く空間が使われている。



それにしてもこの円形校舎いつ作られたものなのか。
帰宅後web上で学校の沿革を調べてみたが1878年に開設、2005年閉校程度の情報しか見当たらない。円形校舎が明治期からあるはずもないので国土地理院の過去写真で時代をさかのぼる。
1972年に集落を撮影した空撮には既に特徴ある丸い建物が克明に映し出されている。さらに時代をさかのぼった1968年、解像度が低いがかすかにそれらしき建物が見えた。これ以前の写真は発見できなかったが少なくとも60年代には存在した。円形校舎の流行時期50年代と一致する。


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続いて二階から三階、校舎最上階へ。
薄暗い階段を上りきった最上階は思いもよらぬ広大な空間が。高い天井、板敷きの床、そしてステージ。その正体はなんと体育館。三階も教室だろうという想像を裏切る構造。前知識なしに訪れたので驚いてしまった。


円形体育館廃校1708yamagata.jpg


真上を見上げると羽幌の廃校で見た円形体育館を思い起こす放射状の天井梁。そういえば先程外から見た校舎外観に赤く錆び付いたドーム型の屋根が見えたことを思い出した。
木造校舎とは違った趣のまるで秘密基地のような面白い構造の廃校。円形校舎がここまで魅力だったとは。



秋田県の廃校

秋田岩手県境近くの山中にある湖、田沢湖。この湖を訪れるのは久しぶりのこと。十数年前、湖周辺に残された廃鉱山あるいは建設中の隧道見学など多くの思い出がある懐かしい場所のひとつ。その湖畔、いや湖畔という事を感じさせられない深い森を背景に建つ木造校舎、1974年に廃校となった田沢湖町立生保内(おぼない)小学校潟分校跡。



校舎は木造二階建て。職員室を中央に左手の体育館、右手の校舎、三つの建物で構成され分校にしては規模が大きい。黒光りする廊下を歩き教室に入る。窓の外は湖畔の気配も感じられない一面緑の世界。


田沢湖思い出の潟分校田沢湖町立生保内おぼない小学校潟分校1708akita02.jpg
田沢湖町立生保内おぼない小学校潟分校1708akita08.jpg
田沢湖町立生保内おぼない小学校潟分校1708akita09.jpg



現在の校舎は1923年竣工のもの、その後の解体の危機を乗り越え現在に至る。
高い天井と開放的な大きな窓からの光に包まれ教室内は明るい雰囲気。
階段を上がった二階は高学年の教室となっていた。使い込まれた当時の机や備品が整然と並ぶ古びた教室内はノスタルジックな古き良きイメージ通りのそのまま雰囲気。


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現在は狭いとはいえ道も整備されているが開校当時、冬場は行き来も困難だったこの地区は陸の孤島と呼ばれていたという。穏やかな緑に包まれた季節からが想像もつかない冬の厳しさ。冬に訪れていたら廃校の印象もまた変わったことになっただろう。


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森を走り抜け視界が開けた。十数年ぶりに見る田沢湖はもやに包まれ対岸を見渡す事はできなかった。
湖畔には先日オープンしたばかりの真新しい施設があった。田沢湖クニマス未来館。
湖に高濃度の酸性水が流れ込んだことで田沢湖に生息していたクニマスを始めとする魚は全滅、盛んだった漁業もその魚場を失い衰退して行った。
懸賞金までかけられたこのクニマス、最近山梨県で偶然に発見されたとニュースになっていた。


[続く]
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