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●2017年10月某日/北海道徘徊01〜残照の夕張清水沢発電所編〜

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付箋が挟まれた2010年版北海道ツーリングマップルが手元にある。
使い込まれた各ページには至る所マーカーで印された箇所ばかり。
遡る事7年前の夏、北海道へ上陸した際の痕跡だ。
道内に数多く残された鉱山廃校の場所を特定し地図上にマーキング、
探索予定を立てていたものの台風接近によって途中撤退を強いられてしまった。LINK
それから7年、偶然当時のツーリングマップルを手にした事で再び北海道への想いが湧いてきた。
2017年秋、再挑戦すべく秋雨前線に覆われた本土を脱出、当時のツーリングマップル片手に秋の北海道へと飛んだ。
さらに以前、日本一周を行った際の光景とも比較しながら炭坑、廃校を求め道東を中心に走り回った四日間。



photo:Canon eos7d 15-85mm


10月某日。雨続きの本州から乾いた空気と冷気に包まれた秋の北海道へ降り立った。普段、車かフェリーで北海道を目指す自分にとって飛行機の早さは驚き。いい年をして飛行機の素晴らしさに感動しつつ空港内でレンタカーを素早く手続き、到着の余韻もなくわずか20分後には北海道の大地を走り出した。といっても今回の日程はわずか四日間、昔の日本一周のように一ヶ月もかけ道内をまわるわけにもいかないので高速道路をふんだんに使用する予定。

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最初の目的地は中央部に位置する夕張市。「夕張と言えば断じてメロンではない。炭坑である。」と以前別サイトで書いたように、日本一周旅の際、採炭によって隆盛を極めたこの街に魅了され何度も訪れていた。今は存在しない真谷地炭坑などを巡った自分が、夕張で最も印象に残った建物が廃墟となった巨大な発電所、旧北炭清水沢火力発電所(清水沢電力所)。早朝、ダム湖畔で車中泊していた自分の目の前で霧が切れると同時に姿を現した異様な姿の廃墟。という劇的な出会いをしたため印象が強く残っている。あれから14年、再び夕張を訪れた理由、それは清水沢発電所内部が見学できるようになったと聞いていたからだ。

北海道一周写真2003photo2.jpg

2003年北海道徘徊写真の一部。当時は無名だったが現在はメジャーになってしまったスポットもちらほら。下段あたりに霧から姿を現した清水沢発電所の写真がある。現在サイトを作り直そうとデータ整理をしているものの当時デジカメではなく、リバーサルフィルムだったのでスキャンに手間がかかり遅々として進まず。



14年ぶりの夕張は鮮やかな紅葉に包まれていた。山に挟まれた谷間を流れる夕張川を塞き止める清水沢ダム。その堰堤下に発電所跡がある。午後四時前、日も暮れかかった現地に到着した。
先ほどまで雨が降り続いていたのか、至る所にできた深い水たまりを避けながら泥にまみれた車を駐車場へ。ところで見学用駐車場に指定された空き地、かつて変電、送電施設があった場所ではなかろうか。当時この辺りには大小さまざまな鉄塔が密集していたと記憶しているが取り壊されたのか更地になっていた。

目の前にそびえる朽ち果てた灰色の巨大建造物。ダムから眺め憧れていた廃墟へついに足を踏み入れる。しかし見学曜日、見学時間が限られているため実のところあまり時間がない。支度も早々に内部へ。建物への入り口はドア、ではなく人為的に開けられたコンクリート壁面の大穴。途中まで解体工事が進みながら中断されたような中途半端な印象を受ける。


北炭清水沢火力発電所内部1710yuubari01.jpg
北炭清水沢火力発電所内部1710yuubari02.jpg
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最初の部屋は配電盤室跡だった。他の発電所の例に漏れず壁面や柱は白く塗装されているため以外に明るい空間。壁面には発電の中枢である配電盤や制御盤の古びたメーターが埃をかぶり残されていた。当時はこの場所に職員が詰め膨大な出力を誇る発電タービンの監視や制御が行われていた。



建物は複雑な構造をしており、一度穴から屋外へ出ると地下室から暗闇の階段を上り2Fへ。先ほどの配電室と同じフロアにあると思われるがドアは閉じられ直接の行き来はできない。階段を上った先にあったのは闇に包まれた吹き抜けの巨大空間。暗闇に目が慣れると古びたコンクリート、天井の鉄骨、錆び付いた機材などが浮かび上がった。

北炭清水沢火力発電所内部1710yuubari03.jpg

奥からは光が漏れ人の気配。実は発電所跡の半分は現在も別会社が操業中。作業中のため奥に行くことはできないが向こうの光景も非常に気になる。



この場所からさらに上階へと階段が続く。レトロな装飾が施された古びた階段を登って行くと明るさに満ちた空間が現れた。採光用の大きな窓ガラスが空けられた広い空間。割れた窓ガラスの隙間から覗く赤やオレンジに染まった周囲の山々が彩度のない廃墟に彩りを加えていた。


北炭清水沢火力発電所内部1710yuubari06.jpg
北炭清水沢火力発電所内部1710yuubari04.jpg



発電所が建設されたのは昭和期のため、明治大正の黎明期に作られた煉瓦造りの優雅な美しさとは無縁だが無骨な雰囲気は好み。
床に無造作に散乱した資材、崩れかけた階段、外れたプレートなどが修復されることなく放置された様はいかにも廃墟といった趣。管理整備された近代遺産建築と異なるこの緩い感じが、閉鎖された当時のままの生々しい雰囲気を残している。聞けば、現在の建物管理者のご好意によって施設が開放されているとのこと。その心意気に深く感動する。

北炭清水沢火力発電所内部1710yuubari07.jpg


清水沢発電所は北炭が自前の発電施設として戦前に建設したもの。ぼた山に囲まれた巨大建造物は長らく夕張炭坑のシンボルでもあった。石炭産業の斜陽化によって全国の炭坑が次々に閉山して行く中、屈強に残り続けた夕張だったが相次ぐ事故、社運をかけた新坑開発に失敗、ついに力つきる。発電所も閉山によってその存在意義を失いその後閉鎖、長らく廃墟となっていた。


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割れた窓ガラスからは上流に建つ清水沢ダム堰堤が間近に見える。初めてこの場所を訪れた2003年当時、隣接するダムを見て清水沢発電所は水力発電だと勘違いしていたが発電所は火力発電、ダムは火力発電の冷却水取水用として建設されたものだと後に知った。当時から既に発電所解体作業が行われていたため、残り数年で消滅するものだと思っていたが、まさか現在も残され内部を見学できるとは。これだけでも北海道を訪れたかいがあったものだ。



時刻は4時半、次第に暗さを増す空間にオレンジ色の光が射し込んだ。夕張の空を覆っていた厚い雲が切れ、今日最後の夕日が室内と照らし出したのだ。

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彩度のない灰色の空間はオレンジ色に染まり、すべてのものが立体的に浮かび上がる。
まだまだ物足りないがそろそろタイムアップ。非常に魅力的な廃墟だったものの時間がまったく足りず、じっくり見る事ができかなったのが心残り。
後ろ髪を引かれる思いで外に出ると建物脇の水たまりには夕日に照らし出される山が水鏡のように映し出されていた。


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さらに他の遺構も探索したかったものの今は秋、北海道の日暮れは早く、闇に包まれた夕張の町を後にし帯広方面へ。
若かりし日、暴走トラックに煽られ恐怖のどん底で何往復もした日勝峠は災害通行止のため今回は道東自動車道を利用。高速道路は日勝峠通行止による代替路として無料開放されていた。


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道東道は北海道を南北に分断する日高山脈を貫通する。
昼間ならば標高600mを越える峠からは地平線まで続く広大な十勝平野を一望できるはず。しかし時刻は夜。狩勝第二トンネルを抜け前面に広がったのは広大な漆黒の空間だった。遥か眼下にがぽつぽつと灯る灯は新得あたりだろうか。まるで夜間飛行中の旅客機から見下ろした大陸のような光景。


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夜、帯広市街地へ到着した。
今回の北海道旅では10月の冷え込みを恐れ車中泊やキャンプではなく宿を予約。とはいっても素泊まり、安宿のみ。明日に備え狭い室内で探索予定地の整理、調査。9時過ぎ、遅い夕飯を調達に宿の近くにあるコンビニまで歩くと急激な冷え込みに驚かされた。

[続く]

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