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●2018年10月某日/秋の佐渡島、車中泊四日間/3日目

  • 2019/04/09 23:05
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佐渡島車中泊三日目。
深夜の大野亀を起点に西海岸を彷徨い辿り着いた入崎と呼ばれる岬。
車中泊していたこの岬脇のキャンプ場で夜が明けた。
昨夜、空を照らし出した怪しい光も夜明けとともに消えさり
幻想的だった海辺は平凡な光景へと戻っていた。


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photo:Canon eos7d 15-85mm


漆黒の佐渡島西海岸を徘徊中、夜空を射す怪しい光に導かれるように到着したのが、海沿いにある入崎キャンプ場だった。灯台から一直線に海面を照射するサーチライト、岩礁沖の海上で発光する眩い照明。様々な光に包まれながらキャンプ場で車中泊。
翌朝、車内でのそのそと起き上がり、あたりの様子をうかがうとキャンプ場は朝の光に包まれていた。昨夜見た風景が嘘のような平凡な光景。

佐渡島入崎キャンプ場1810sado0263.jpg


車中泊を行った海辺の集落には小さな石碑がある。この海岸、意外な小事件が起こった現場でもあるのだ。



時代は1946年まで遡る。わずか半年ほど前に世界大戦は終結、佐渡の寒村においても出征した兵士の復員がぼつぼつ始まりかけていた真冬のことだった。村上空に爆音が響くと見慣れぬ輸送機が雲間から現れ、現在自分の立つ海岸に土ぼこりをあげ不時着した。

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悪天候によって不時着した機は半年前まで連合国の一員として日本と戦っていた英軍のダグラスDC-3、通称ダコタ。滑走路もないため再び飛び立つこともできず英兵達はその後、数ヶ月に亘りこの寒村に滞在。村人は思いも寄らぬ来訪者に驚き戸惑いながらも、共に整備、簡易滑走路の建設を行った。

この不時着事件、 Wikipediaにはその後の映画化の記載しかなく当然ながら表面的なことしか書かれていない。しかし佐渡最終日、小木港観光案所にダコタ不時着事件を扱った本が置かれており、現在も残命である集落住民達の証言で構成された内容が非常に興味深くフェリー待ちの間、1時間近く読みふけってしまった。

初めて見る外国人との交流、村総出の滑走路作り。90日後、ついに修理と滑走路建設が完了し彼らが村を去る日が来た。英兵と村人のセレモニーの後、固唾をのんで見守ったダコタ機は海岸に石を敷き詰めた簡易滑走路からぎりぎりで無事離陸。ダコタ機は村人へのお礼の意味も込めて集落上空を低空で何度も旋回、やがて南へと飛び去っていった。地上からは機体の窓に張り付き手を振り続ける乗員の姿が良く見えたという。それから数十年後、当時の関係者の子孫がお礼に佐渡を訪れた事で陽の目を見たという。
ちなみにストリートビューによれば佐渡南部に再現されたダコタ機の機体が置かれていた。今回の佐渡島徘徊の際、見学しようと考えたものの現在は撤去されたようだ。


佐渡島ダコタ機1902sadodakota.jpg

〈追記:2019年/3月〉
佐渡から消えた撮影用ダコタ機だったが帰宅後、調べてみると意外な場所にあることが判明。しばらくして訪れる事ができた(上記写真)。銀色の機体は想像以上に大きかった。こんな重量物が佐渡の海岸に石を敷き詰めただけの簡易滑走路からよく離陸できたものだ。



話がそれたが佐渡徘徊開始。まず向かったのは空撮写真とでチェックしておいた放棄されたとおぼしき山中の採石場跡。山道を彷徨い現地付近に到着、残念ながら手前で道が封鎖され空振りに終わった。車中泊をしていた入崎へと再び戻り車を停め今後を思案、時計回りに佐渡島外周路を回る事にした。

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島巡りが好きだ。その中でも好きなのが人口100人弱、歩いて30分ほどで一周できる小サイズの島。このクラスの島では車もほとんど存在せず猫にまみれながらのんびりと歩く事ができる。
一方佐渡島は面積854km²、島とはいえあまりにも大きい。ここまでくると島感もうすれ、運転中は能登半島や丹後半島に代表される本州のひなびた海岸線を走っている感覚だ。また島の中心部にはコンビニはもちろん、全国チェーン店の飲食店が並び一見本土の地方都市を見間違うほど。例のフィルターの件では全国チェーン店のカメラ屋に助けられた。

佐渡島マップ1811sadomap.jpg


昨日に引き続き佐渡の廃校を巡る。
ここ二日ほど西海岸から北部を探索していたため本日は佐渡平野を挟んだ南側、佐渡島南部に絞った。離島だけあって廃校も非常に多く候補地は無数にあるが、先述したよう面積が広いため時間も限られ結果5件しか訪問できず。うち木造校舎の廃校だけをピックアップして紹介。



明治期、学校を建設するにあたり広大な用地が必要となることから学校は集落外れに立地する事が多い。しかしここは意外にも密集した狭い集落の中心に収まっていたため建物を見つけ出すのに多少苦労した。

佐渡の廃校1810sado0320.jpg
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しかし周囲の光景で納得、海と山が迫る集落の土地故に学校創設期に他に適当な建設場所がなかったのだろう。敷地は非常に狭く、当然校庭のようなものもない。現在集落には海を埋め立て作られた広大な漁協スペースがあるのでここに車を停め徒歩で集落路地を歩き到着。廃校後、現在は転用されてるようで声をかけ中を見せてもらう事ができた。



続いての廃校は、よくある転用例のひとつ、閉校後は民族資料館として使われているもの。場所は佐渡の南、北前船の寄港地として有名な観光地、宿根木集落の外れにある。集落から少し離れた高台に廃校と千石船の復元展示館がセットとなっている。


佐渡の廃校1810sado0330.jpg



木造平屋の廃校内。かつての教室は現在は資料が無造作に並ぶ展示室として使われていたため、学校らしき面影を残すのはわずか一部屋。当時子どもたちが使用していた椅子を見比べても今回佐渡で見た廃校の中では最も古い時代のものであることがわかる。
廃校としての雰囲気を楽しむにいまいちだったが、隣接する千石船の復元展示が思いのほか良くこちらに長居してしまった。

佐渡の廃校1810sado0331.jpg
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佐渡の廃校1810sado0333.jpg


時代を遡ると、日本人はかつて遠洋航海の名手でもあった。大海を渡りはるか遠く東南アジアを行き来していた朱印船貿易は鎖国政策によって衰退、遠洋航海術と造船技術は失われてしまい、山を見ながら航海する沿岸航法によって物資は江戸へと運搬された。吉村昭の漂流ものに必ず登場するのがこの千石船だった。嵐に遭い転覆を免れるべく帆柱を倒してしまえば自力で本土へ戻る見込みもなく海流に運ばれ漂流するのみだった。

ここでは復元された千石船に乗り込む事もでき、小説内で登場する船主部屋、狭い天井など船乗りの暮らしを実感する事ができた。それにしても500トン級の大型船でも船酔いしかけた自分がこの木造船で荒れる日本海に放り出されたら一体どのような惨状になるのだろうか。




日本海沿岸の魅力は海辺に点在する古びた木造小屋だ。番屋なのか、倉庫なのか、用途はわからないが長年海風に吹かれくすんだ色合いとなった外壁が日本海の厳しい風景によく似合う。
ここ佐渡島においても海際、断崖、湖畔、至る所に現れる小屋に思わず車を停めることが多かった。

佐渡の番屋1810sado0335.jpg
佐渡の番屋1810sado0302.jpg
佐渡の番屋1910sadokoya02.jpg
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集落の片隅、断崖の果て、様々な場所にぽつんと立つ木造小屋。廃屋のようなものも多いが現在も使われているのんだろうか。



山間部を移動中、晴れていた空がにわかに掻き曇ったかと思うと土砂降りの雨に見舞われた。海上に突き出た島は気流の影響も受けやすく晴れわたる大海原で孤島の頭上だけ雲に覆われている光景はよく見るもの。
ここ佐渡島も日本海上に1,000m級の山が突き出ているため、沿岸部とは対照的に山間部は雲に覆われていることが多かった。雨を降らせたのはそんな雲のひとつ。

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平野に復帰すると雲が切れ晴れ間が戻る。振り返ると豪雨をもたらした雲が日を浴びて白く輝いているのが見えた。



佐渡島最終日。昨年秋に行った北海道徘徊に続き今回の佐渡島も1日目は大野亀の夕日、2日目大間港の夕日と印象的な夕景に出会う事ができた。3日目、佐渡での最後となる夕景はどの場所で迎えるべきか。

近隣に良い夕日スポットがないかとツーリングマップルを開き探したところ長手岬と言う場所がわずかな距離にあることがわかった。20分ほど車を走らせ現地に到着。岬は西向きのため日本海へ落ちる夕日を眺めるのには適した場所。しかし空が晴れ渡りすぎている。案の定一辺の雲もない快晴だったためドラマチックな雰囲気もなく平凡な夕日が水平線へ沈んで行った。

がっかりしながら今夜の車中泊ポイントに向け移動。真野湾に面する佐和田地区は全国チェーンのコンビニや飲食店が集中、ちょっとした郊外型繁華街の様相を呈しているため今回の島徘徊でも何度か利用した町。その海辺で車中泊に適していそうな広大な駐車場をあらかじめ見つけておいたのだ。佐渡島南端に近いため、明日昼前に小木港から出航するフェリー乗り場にも行きやすい。

佐渡の夕日1810sado0340.jpg


既に夕日は沈み、薄暮の街中を走り目的の海岸駐車場へと到着した。予想通り、広大な敷地。市街地からも少し外れているため夜間は静かに眠る事ができそうだ。駐車場から暮れ行く空を見上げると日没後30分あまり後に現れる紫色の空が広がっていた。

海辺へと向かう。真野湾を挟み遥か先には夕日を眺めていた長手岬へと続く山のシルエットが見える。先ほどまで吹いていた強い風も日没と同時にぴたりとやみ凪状態となった真野湾。波もない海面は紫色の空と月光を写し続けていた。


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佐渡島徘徊最終日の夕景は真野湾での印象的な光景で終わった。



佐渡島四日目、車中泊をしていた海岸駐車場で夜が明けた。この三泊の車中泊で最も冷え込んだ朝。車の窓は結露で真っ白となっていた。佐渡は冬も近い。

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シュラフから抜け出し冷気に包まれる早朝の浜辺と歩くと昨夜気がつくことはなかった海へと伸びる桟橋があった。夜明け前、コントラストのない薄暮のような不思議な時間帯。桟橋の先端まで歩き振り返ると山の稜線上が赤らみ太陽が昇り始めた。

そろそろ帰るか。帰路のフェリーが出港する小木港へと車を発進させた。

[了]
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