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●2020年7月某日/森の廃分校。崩れ行く最後の姿

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廃村となった集落と共に廃校となり森に残された分校跡。
規模は小さいが割と有名な場所でもあり、かなり以前に森をさまよい辿り着いたことがあった。
あれから10年あまり、最近現地を訪れた方のSNSを見てみると
想像以上に廃校の建物老朽化が進んでいる姿に驚かされた。
また画像によれば周辺で行われていた森の伐採作業が廃校間際まで及んでいるようだ。
倒壊するのか、あるいは解体されるのか、消滅も時間の問題となってきたように思えたため
最後にその姿を目に焼き付けようと10数年ぶりに現地を訪れた記録。


photo:Canon eos7d 15-85mm


四方に伸びる尾根が複雑な山塊を形成する愛知県山間部。標高900m弱の山頂付近から谷間を流れる川は灌漑用に建設されたダムによってせき止められている。
今回の目的地はダム湖をさらに遡った山の中。入り組む尾根の合間に森に埋もれた廃校が残されている。

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このダムの水底には様々な構造物や景観が沈んでいる。両岸が狭まるダム湖のバックウォーター付近、その水の底には幻の滝が人目に触れることなく眠っている。

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車を停め見下ろすと干上がったダム湖の湖底から現れた岩に腰掛けた釣り人がひとり、静かな湖面に糸を垂れている。ダムの水が減ったとは言え貯水率は50%をあまりを示しており穴滝はまだ水の底、容易には姿を見せない。下記写真は4年前の2016年の渇水時の同一地点。

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ダム湖に注ぐ上流部の透明度は非常に高く思わず目を奪われてしまう。以前から、この清流で川遊びをしたいと目論んでおり、今回探索が順調に終われば帰路に寄ろうかと考えながら車を進めた。

廃校、廃村への入口はまだ先。古びてはいるものの一応舗装された車道も続いているがこの先、転回スペースもなかったように記憶しているため遙か手前の空き地に車を停め徒歩で廃校と廃村に向かうことにした。ちなみにこの道、地図上では峠を超えて隣町の主要道へと接続されるように書かれているが実際には廃道状態となっているようだ。



急勾配が続く舗装路から外れ分岐した山道へ入る。幅員は広くかつては車両の通行も可能だったと思われるが現在の路面は荒れ果てている。

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それにしても暑い。暑さと湿気が蔓延する7月某日、梅雨の晴れ間。生い茂る夏草、行く手を阻む虫、探索には不向きの季節がやってきた。分校跡はこの坂を登り切った先にあったはず。ちなみに2020年現在、googlemap上に分校跡と表示されるアイコンは、実際の校舎の位置よりも数百メートルほど南へとずれているため、あまりあてにしない方がよいかもしれない。



悪路を上り詰めていくと突き出た小さな尾根が行く手を遮っており、道も迂回するかのようにカーブを描き視界から消えている。尾根側に目をやると杉の木立が密集する稜線の先に光が射し込む空間が見える。あの明るい空間に目的の廃校があるのだ。

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近道をすべく道を外れ森へと入り、尾根を乗り越えると鞍部となったわずかな平地に建つ古びた二棟の木造平屋の建物の裏側が姿を現した。この小さな建物がかつての分校と教員住宅の跡地となる。

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以前、さまよいながら辿り着いた際には「湿り気を帯びた薄暗い森に佇む廃墟」といった印象を持った廃校だったが久しぶりに訪れると南面を覆っていた植林杉はそのほとんどが伐採されており光が射し込む空間は以前比べるとわずかながら明るい雰囲気。脇には伐採された丸太が積み上げられているが出荷されることもないのか苔むしている。

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到着した廃校は側面から見た感じでは大きな変化がないように見える。
しかし正面にまわると唖然とさせられた。校舎建物全体が大きく西側へとかしいでいる。

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垂直に伸びる杉の木立と比較するとその傾斜は一目瞭然。もちろん校舎は以前から古びてはいたが、ここ数年で一気に老朽化が進んだと思われる。廃校となってから50年あまり、風通しの悪い森に立つ建物は手入れがなされないとこのような状態になってしまうのか。



校舎裏手にに回り窓の跡からかつて生徒が学んだ教室跡を覗く。窓枠部分はご覧のようにすべて外れているため、建物内、そして傾き具合がよくわかる。

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倒壊を食い止めようと思ったのか、天井を支える頼りなさげなつっかえ棒が見えた。当然焼け石に水、校舎が人知れず倒壊するのも時間の問題だろう。これらの写真、もちろん中に入る気も起こらず全て建物外から撮ったもの。



これだけでは一見「学校」にはとても見えないが壁面の片隅にはカナの読み方や本の読み方を説明する朽ちたポスターが張られているのが見え、わずかにその痕跡を残している。

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倒壊寸前なのは分校跡だけではない。一旦離れ校舎に隣接する教員住宅跡を観察。
作り、規模は非常に似ているがこちらも大きく傾き、また屋根は倒壊した杉に直撃されていた。



木漏れ日が落ちる草むらには廃村にお決まりの一升瓶が散乱する。このような光景を見ると人里離れた集落では、酒が唯一の娯楽だったのかなと当時の厳しい生活を想像するが、とある離島の廃村では残された大量の一升瓶は当時飲料水の保管場所として使われたものだとも聞いたこともあり、必ずしも酒ばかりだったとはいえないようだ。

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それにしてもこのような山中に学校を運営するだけの子どもを有する集落があったことに驚かされる。改めて衛星写真をを見てみると一面緑の世界には他の集落は存在せず、完全に孤立しているように見える。
ここが廃村となった理由は時期から考えると下流に建設されたダム建設からは直接の影響は受けた訳ではないようで、林業衰退や人口自然減が原因だろうか。



今回紹介するこの廃校、「人知れず消え去る廃校」みたいなタイトルにしようかと考えていたが、実は少し大げさでこの廃校脇の旧道は最近になって近隣の山への登山コースとして人気が出て来たようで登山シーズンにはわりと人通りもあり廃校へ立ち寄る登山者もいるようだ。

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帰路、再びダム湖へと流れこむ清流の脇を通過する。梅雨の合間のうだるような暑さと湿気。あの清流に浸かったらさぞかし冷たく心地よいことだろう。川辺で水遊びでもしようと考えながら車を走らせ、予定していた場所へ到着、路肩には車を停めるスペースもある。
ところが眼下の川原で見たのはたむろする猿の群れ。その数は10匹近くはいるだろうか。ガサガサと木を揺らし警告された。熊がでるとの警告看板は見たが、猿もなかなか手強い相手だ。川遊びは諦めそっと車を発進させた・・・。

[了]






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