●2020年10月某日/神島監的哨と六階建。海を挟んだ二つの戦跡。
- 2020/11/06 22:22
- Category: マニアックスポット

2012年に渥美半島に残された戦跡、伊良湖六階建の廃墟を当サイトで紹介した際、
関連する物件として沖合にある神島監的哨の説明を載せたことがあった。
神島監的哨自体はさらに以前に訪れたことがあったため
その際の写真を掲載しセットで紹介するつもりだったが当時の写真はポジフィルム。
スキャナーが壊れたため取り込むことができず
「いずれ紹介したい」と書いたまま放置状態となっていた。
記事から8年、伏線を回収すべく20年ぶりの神島を目指す。
しかし当日は季節外れの強風が吹き荒れる気象。
神島行きの港へとやってきたものの果たして小舟は出航するのだろうか。
※本記事は訪問時のものです。現在の状況は異なっている可能性もあります。
白波と舞い散る波しぶき。さすがに欠航するだろうとの予想を裏切り、三重県神島行きの小舟は強風吹き荒れる港を出港、波が巻き上がる外洋へ向かった。
港を守る防波堤を通過し外洋へ出た途端、船体は波と風に翻弄された。持ち上がり、落ち込む船。船窓に降りかかる波しぶき。乗客から思わずどよめきが起こる。


ゆったりと巨体を揺らしながら平行して走る2000トン級、定員500人、搭載車両50台以上の伊勢湾フェリーに比べ、こちらの神島航路は定員70名たらず。あえぐように波間を進む同じようなサイズの船は水先人を載せたパイロット船。
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船内に入りきることのできなかった乗客は吹きさらしの後部甲板で頭から波をかぶり、ずぶ濡れの状態になりながら手摺りにしがみつき耐えている。助かったのは島までの所要時間がわずか15分たらずだったこと。これがかつて実際に体験した台風化の那覇、南大東島航路のように15時間続いていたら耐えきられなかったことだろう。

船が滑りこんだ神島港内は先ほどまでの波と風が嘘のように静まりかえっていた。
降り注いだ海水でずぶ濡れの甲板を歩き20年ぶりとなる神島への上陸を果たした。乗客のほとんどが釣り人で到着と同時に重い機材を背負い、一斉にそれぞれの釣りポイントへ去って行った。

島旅の魅力のひとつは集落巡りだ。限られた土地、そして他地域と接点を持たずに受け継がれた文化が、島独特の集落を作り出す。
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神島において集落は、港周りにわずか一カ所、ここに島のすべてが集中している。唯一の例外が島南側にある学校だが元々集落内にあったものが移設したもの。
神島港周辺のわずかな平地から山の斜面かけて無数の民家が密集、300人ほどの島民の暮らしが営まれている。
軒先が触れあうほど迫る民家同士、その合間の迷路のような路地を迷いながら彷徨う。傾斜はしだいに増し入り組む急勾配の階段を登り続け振り返ると気がつくと港は眼下となった。

地形図を見ると神島には南側の学校周辺には日当たりも良さそうな高台が存在する。しかしあえて日照条件や面積も限られ、傾斜地である北側のこの場所に集落が選ばれた理由、それは漁業と生活が密接しているからなのだろう。
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島での生活と港とは切っても切れない関係だ。漁業以外にも生活物資の運搬、島の外との唯一の連絡路が港となる。船の発着に合わせ生活のサイクルが組まれている離島も珍しくはない。
伊良湖水道を塞ぎ、伊勢湾、三河湾を太平洋の荒波から守る防波堤のような役割をしている神島。太平洋から打ち寄せる台風の土用波や南風を避けるため、現在地北側に港が作られ、密接するように家々が建ち、人口増加とともに山の斜面を埋めて行った。




ここから神島一周を行いながら目的地を目指す。島といっても神島は標高170mほどの山を頂点にした円錐形の山塊島のため港周辺以外は切り立った断崖が続く。そのため神島一周路は、海岸線に出ることもなくひたすら山の中腹をトラバースする山道となる。
山道を歩き続けると山上に立つ神島灯台が現れた。灯台横に建つ緑の蔦に覆われ廃墟となった白い建物も、20年ほど前はまだ下記写真のようにこぎれいだった。


神島灯台は当時猫で溢れていた。20年前の冬の某日、この場所で押し寄せてくる猫に埋もれたことを覚えている。しかし今日の灯台には猫の気配はなかった。
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神島灯台からは伊良湖岬が目と鼻の先に見える。神島から伊良湖岬までは4km、一方で三重県の鳥羽港までは14km、行政面では三重県となる神島だが、距離的には愛知県の方がはるかに近い。
山上にある塔を持った建物は灯台ではなく伊勢湾海上交通センター、伊良湖灯台は海際にある。

灯台から伊良湖水道を見下ろすと漁船であふれる狭い水道を音もなく巨船が次々に通過していく。
かつて灯台に居住しながらメンテナンスを行う灯台守という職があった。特に伊良湖水道は難所として知られており、神島灯台は伊良湖灯台と並び非常に重要な灯台でもあったため灯台守が置かれていた。神島での灯台守は伊良湖水道を通過し伊勢湾へ向かう船名を双眼鏡で読み取り、到着予定時刻を船主へ無線で報告する役割もになっていたという。
近年はGPSの進化のよって灯台自体が廃止されつつあり、灯台守という職業自体も廃れてしまった。
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灯台を過ぎると再び山の斜面の道が続く。密生する灌木に覆われほとんど視界の効かない山道をひたすら歩く。
やがて木々が切れ古びた2階建の廃墟と化した建物が現れた。この建物が戦跡でもあり廃墟でもある神島監的哨跡(かんてきしょう)。飾り気のない重厚で無骨な外観と分厚い壁はいかにも軍事施設らしい。



窓からは伊良湖岬を有する渥美半島がよく見える。神島から北東へ直線距離で14km、広大な平野が広がる渥美半島先端部にかつて陸軍の兵器試験場、陸軍技術研究所伊良湖試験場、通称「伊良湖射場」があった。現在、赤白の煙突が立つ渥美火力発電所付近に射撃所が設置され南南西の海上に向け大砲の発射試験がくり返されていた。
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適当な地図を描いてみた。発射された砲弾は伊良湖岬先端部上空を飛翔し、神島の沖合の太平洋上に着弾する。現在地、神島監的哨は渥美半島から発射され海上に落下した砲弾の弾着点を測定、発射所へ伝えるために作られた観測施設だったのだ。
[伊良湖試験場と神島監的哨の関係地図]

打ち出された砲弾の飛距離は10数km以上に及び、放物線を描き、20秒ちかく空中を飛ぶことになるため滞空時間中は風など気象条件の影響をもろに受ける。
軍事において気象は重要な要素でもあり、そのため射撃地点には六階建、高さ19mの気象観測塔が作られ、その建物は現存している。それがかの有名な通称、伊良湖六階建てだ。




2012年に撮影した六階建。高さは違えど、構造や材質が神島監的哨と似通っているのがわかる。
現在は経年劣化のためか、神島監的哨と同じく黒ずんだ灰色の伊良湖六階建。しかし竣工当時の外観写真を見ると建物自体は白かったことがわかる。そういえば島を舞台にした小説「潮騒」の中でも、神島監的哨は「白い外壁」と表現されている。作者の三島由紀夫が取材のため実際に神島を訪れたのは1953年頃だから戦後しばらくは監的哨も同じような外壁だったのだろう。
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近年、戦跡も近代建築と同じく保存の対象とされるようになった。しかし自分が初めて六階建を訪れた2005年頃は放置状態で頼りない階段を伝い屋上へ登ることができた。狭い屋上の手摺りは監的哨と同じくわずか50cmほどしかなく、足がすくむ高度感だった。2019年、久しぶりに六階建を訪れると階段は封鎖、さらに正面には建物の説明看板も設置されており驚かされた。
最後の写真は2019年。この周辺、次第に整備が進められているようだが雰囲気の良い砂利のダート道は舗装されることなくそのままだ。奥の建物は無線電信所跡。

火薬を用い石や砲弾を飛ばす大砲の発明から500年あまり。砲弾の飛距離は時代を経るごとに増し続け、性能試験には広大な敷地が必要となりこの地が選ばれ規模は拡大し続けた。
伊良湖試験場全景。中心に建つ建物が気象観測塔、六階建。伊良湖岬に向かい9kmに渡り畑が続く広大な土地が、かつての試験場だった。砲弾を発射する大砲が置かれた射場の位置はなんとなくのイメージ。
[陸軍伊良湖試験場全景]

発射された砲弾は空中を飛翔しながら伊良湖の稜線を飛び越え太平洋に着弾した。発射場所からは着弾点を視認できないため、神島含め、伊良湖岬の山々にも観測所が設けられてた。ストップウォッチを確認しながら「弾着!今!」とでも言っていたのだろか。
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1946年に撮影された試験場の航空写真。秘匿された軍事施設だったが終戦後は遠慮なく上空からも撮られることになった。終戦からわずか一年後のため稼働時の面影を残しており、六階建の位置は長い影によって判明、弾道の下は荒れ地が広がっているように見える。現在はこのほとんどが広大な畑となっている。

ちなみに監的哨と言えば、神島のものが有名だが上記の地図にも描いたように、実は近隣の菅島にも似たような観測所が残されている。観測精度を増すために二つの方向から測定を行っていたと思われる。
菅島のものは神島以上に森に埋もれ廃墟化しているようでいつか訪れてみたいもの。菅島監的哨を訪れることで三角点の頂点の訪問が完了する。



観測所と電信室が置かれていたと思われる2階を抜け、薄暗い室内から屋上に出ると降り注ぐ秋の日差しに包まれた。
大海原を見下ろす狭い屋上は開放感が凄い。監的哨の標高は100mほどだが断崖上に立つため実際以上の高さを感じる。山の影に位置するためか、吹き荒れた風もここでは無風。日だまりは暑いくらいだ。


ツタが絡まり荒れ果てた廃墟のような外観だった神島監的哨はこの20年間でずいぶんと整備されてしまった。
内部に書き込まれていた無数の落書きはすべて消し去られ、新たに設置されたと思われるきれいな手摺りが屋上を厳重に囲んでいる。
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青い海、輝く海、透き通る海、光と方角によって様々な色彩を見せる水面。砲弾はこの水面に着弾、沖合で白い水しぶきをあげた着弾点を観測後、無線によって伊良湖試験場へ連絡が行われていたのだろう。




海を背景に建ち続ける朽ちた棒、潮騒の中では国旗掲揚だと書かれていたがと本当だろうか。
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伊良湖試験場と神島監的哨。海を挟んだこの二カ所をセットで紹介することに意味がある。2012年に書いた記事の伏線を8年かがりでようやく回収することができた。
その後、残り1時間ほどで神島の一周を終え港へと帰還。波はまだ多少残っており帰路もそれなりにハードな船旅となりそうだ。
[了]
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