●2021年12月某日/浮かび上がる痕跡、峰之沢鉱山インクライン跡
- 2022/01/22 22:22
- Category: マニアックスポット

山間部を流れる天竜川、その川面を遙か眼下に見下ろす高所にあった峰之沢鉱山。
斜面にはかつての鉱員住宅跡が残されており15年以上前に一度だけ訪れたことがある。
それ以外にはめぼしい痕跡はないと考えていた鉱山だったが
下界とを繋いでいたインクライン(斜面軌道)の痕跡が残されているとしばらく前に聞いた。
深い森の斜面に橋脚のような建造物が残されているようで
このようなものが人知れず眠っていたことに驚かされ草木が枯れ果てる冬を待った。
姉川発電所訪問時も書いたが【LINK】、森の遺構は木漏れ日によって
撮りづらいことこのうえないので太陽光が遮られる曇りの日を選んだ。
天候が回復すると思われる午後からは対岸から鉱山全容を俯瞰する予定。
前半は地味な森の写真ばかりですので飛ばして下さい。
photo:Canon eos7d 15-85mm
時間軸は前後するが立地説明のため対岸から望む午後の光景から開始する。
深い谷底を蛇行して流れる天竜川と山。この山の高所にかつて峰之沢と呼ばれる鉱山があった。その鉱山施設と川辺を結んでいたのがインクラインと呼ばれる運搬用斜面軌道。その遺構が今回の目的地となる。


対岸から目的地付近を望遠。インクラインがあったとされる場所は植林された杉で隙間無く覆われている。
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天竜川を眼下に見下ろす高台斜面にある鉱員住宅(アパート)跡は峰之沢鉱山で最も有名な廃墟。実際15年前もインクラインのことは知らず訪れたのはこの建物と今は現存しない廃校だった。記憶を頼りに鉱員住宅を目指すが車道はかなり手前で封鎖されていた。

当時、車道はさらに上へと続き建物の真横に車を横付けできた。適当にスキャンしたので画質が悪いがその際に車を停めた道路上から撮った写真。フィルム一眼レフとリバーサルフィルムを使用しておりアンダー目の写真が好みだった。

再び現在。密生する草木に覆われた2棟の建物が急傾斜の斜面に張り付いている。美しく整地された茶畑と荒れ果てたアパートが対称的な風景。15年以上が経過し鉱員住宅はさらに荒廃した雰囲気となっていた。
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再び天竜川を跨いだ対岸から見た光景。九十九折りの急勾配山道を登り切り鉱山と同じ標高まで登ってきた。広大な山地、その斜面にはいくつもの集落が張り付いている。

下記写真の上段に先程掲載した鉱員住宅(アパート)跡ががわずかに見える。その他は一見なんの変哲も無い杉の植林地帯。しかしかつてこの斜面には一大鉱山都市があった。

比較用に過去の航空写真を掲載。視角的にわかりやすくするために東を上にしている。写真が撮られたのは1976年ということで鉱山閉山から7年あまり経過してた頃。

信じられないことに現在は杉以外なにも見当たらない緑の斜面にシックナーを備えた鉱山施設と数多くの宿舎が広がっていた。さらに驚くべきことは閉山からわずかな年数で施設は鉱員住宅だけを残し忽然と姿を消してしまったこと。
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インクライン始発は眼下の吊り橋脇ある船着場のようなホッパー施設。地形図上で測ると総延長は直線距離500m程、標高差250m程。そこを起点に山上のアパートを結べば自ずから軌道の位置は判明する。天候は次第に回復、雲の切れ間から山肌に日が射し込む。すると杉林のくぼんだ箇所が太陽光によって強調され、森に隠されていたインクライン軌道が浮かび上がった。

くぼんだ箇所を目標に川辺から草木をかき分け直登すれば中腹あたりと推測される目的地にいずれ到着できるのだろうがこの時期の登山は気が進まないため、直線ラインと数カ所で交差する等高線に沿って水平に敷かれた山道沿いに探索を行ったのが曇天の午前中だった。
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時間軸は午前中へ。まずはインクラインの線と車道が交わる場所を重点的に探す。車道を歩きながらあたりを着けた地点で山腹への出入りをくり返す。先ほど「自ずから軌道の位置は判明する」とえらそうに書いた。しかし実際に現地に立ち、「痕跡」そのものが近付くと、遠方からは見えていたはずの「痕跡」を見失ってしまうのはよくあること。
何本かを外し3本目だっただろうか、車道を歩いていると山側の頭上に生き物の気配を感じた。まさか熊ではないかと思い見上げるとその正体はカモシカだった。いやそれよりも気になるのが足元の怪しい人工物。

草をかき分け倒木を乗り越え急傾斜の荒れた山林をよじ登ると草木に阻まれ下からは見えなかった古びた石垣や朽ちた壁面が現れた。身を翻し走り去ったカモシカが立っていた周辺こそが目的地だった。
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薄暗い杉林に立つ灰色の構造物。インクライン軌道の中で最も大きな遺構とされる橋梁部跡。比較となるものがないためサイズ感がわかりづらいが意外と大きい。閉山から50年あまり、構造物は予想以上に頑丈そうだった。



物資運搬という目的のために作られた無骨な構造物にもかかわらず、どこか優雅な雰囲気を感じるのはアーチ型の意匠と細い橋脚のためだろうか。予定通り曇り空が幸いしてインクラインのディテールもしっかりと掴むことができる。晴れていると木漏れが面にまだらを作り見づらくて仕方がないのだ。
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この地点、天竜川を見下ろす絶好の標高だが、閉山後植林されたと思われる杉の木立に覆われ視界は効かず、高度感もゼロ。しかし操業時は視界は開けていたようで、「峰之沢鉱山インクライン」で画像検索していただくと天竜川を一望する斜面を一般客を乗せて斜めに移動する観光用ケーブルカーのような素晴らしい古写真を見ることができる。ただし橋脚構造の違いから古写真の地点は現在地ではないこともわかる。


斜めとなった軌道上に立つ。インクラインはまっすぐ上部を目指し森へ消えている。ここでは物資運搬以外にも一般客も運送していたようなので終着駅は例の高台のアパート周辺に点在する住宅群なのかもしれない。
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遠目にはゆるやかに見える山の斜面も地表には細かい凸凹があるためインクラインは地表を削り橋を渡しほぼ同角度を維持された。垂直に伸びる杉の木立と比較するとインクラインの勾配を意識しやすい。森から抜け出した後で勾配計測を忘れていたことに気がついた。



落ち葉が降り積もった地面には錆び付いた鉄片などが散乱している。そのうち碍子のようなものには品番なのかあるいは年号なのかは不明だが1956と印字されていた。


ちなみにカモシカによって偶然見つけることができた構造物がこちら。古写真をよく眺めるとインクライン軌道は平行して二本あったようなので、到着当初はその一部と考えていたが、落ち着いて眺めると鉱山施設の一部ではなかろうか。
周囲を見渡すと森には数段の石垣や擁壁のようなものが埋もれているようだ。このような痕跡や他のインクライン橋脚の探索を行いたい気持ちも強いが、本日は他にも徘徊予定ポイントがあるため、そろそろ切り上げ森から抜け出さなくてはならない。
忽然と森に姿を消した峰之沢鉱山跡。しかし樹冠の下には施設の基礎部分が点在していた。その中で最も大きな痕跡と言われるインクライン橋脚跡。なぜここだけ残されたのか。森にはまだ眠っているのだろうか。
[了]
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