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●2024年冬某日/埋もれ行く廃校への道。再度の挑戦。

  • 2024/04/07 22:22
  • Category: 廃校
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山の崩落による土砂が堆積し地上から姿を消しつつある廃校となった分校跡がある。
実は何年か前この分校跡へ挑戦したことがあった。
現地への車道はすでに崩落、廃校は山中に隔絶された状態となっており
長時間の徒歩行程でしか辿り着くことができない奥地。
ルートは2つあり、谷を遡り廃校を目指す谷底ルート、
もうひとつは稜線上から谷底まで林道を歩き続ける尾根ルート。
アップダウンの少なさから当時選択した谷底ルートだったが途中で山道を見失い、
深入りを避け撤退したのだった。

最近になって尾根ルートがメジャーになったようで
こちらから分校有する廃村、O集落を目指した探索記を見かけるようになった。
それらを拝見しているとアクセス路の崩壊がさらに相次いでいるようで、
まもなくルート自体が閉ざされ現地へ辿りつけなくなる可能性が高い。
廃校が砂に埋もれる前に、アクセス路がわずかながら生きているうちに訪れておきたい。
冷え込んだ冬の某日、数年ぶりに廃校への再挑戦を行った。

※本記事は訪問時のものです。現在の状況は異なっている可能性もあります。

いきなり初夏の写真。新茶の芽が美しい茶畑が広がる静岡県山間部。廃校となったO分校が残されているのは、写真奥に聳える標高1,300mを越える新緑の山々の懐、廃村となったO集落片隅の森の中。

廃村静岡県小俣集落2103shizuokahaiko06.jpg

分校跡を目指すのは今回が初めてではない。写真は何年か前に谷間ルートで分校跡を目指したものの失敗、その帰路に低いテンションで撮ったものだ。時期が5月だったため新緑の光景となっている。

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そして月日は流れ2024年、冷え込んだ冬の某日。新緑の季節からは一変、路上の水たまりは凍り付いている。今回はアップダウンがあるため避けていた尾根コースで廃校を目指す。

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植林された杉に覆われた薄暗いダート林道が延々と続く。しばらく歩き続けると杉林が伐採されたことで視界が開け、今日これからの長い工程が一望に見渡せる場所があった。
谷間を挟んだ対岸の斜面、その一画に大きな傷がある。表層と共に木々が流され地盤がむき出しとなった大崩落現場。目的地はこの大崩落下部、森の中。直線距離はさほどないように感じるが実際のルート(白線)は谷奥まで大きく迂回を強いられるため歩く距離は長い。

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前回は下流のI集落から谷間の川を遡上する谷ルートで廃校を目指した。[下記地図]
アップダウンが少ないためアプローチが楽だろうと地理院地図に書かれた破線を頼りに歩き続けたものの途中で断念、今回選んだ尾根ルートは道は明確だが稜線から谷底までひたすら下ることになるため、帰路は当然登り。そして距離も長い。

静岡県廃村小俣集落へのアクセス地図2403O3D.jpg

林道は登山道へのアプローチ路となっているため他の登山客がいると思っていたが駐車場にも車はゼロ、往路も含め誰ともすれ違うことはなかった。
木々の合間から時折見える「崖」が次第に近づいてきた。普段と違い今回は明瞭な目標物があるため心強い。ルートは崖の対岸を一旦通過しさらに奥の谷まで続いている。

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かつてO集落へは車道が通じており現在歩き続ける林道もその一部。しかしこの数キロ先で車道は廃道状態となっている。廃道程度ならば問題はないがその後の崩落によって徒歩通行も不可能に。そのため先駆者のルートを参考に崩落箇所をで迂回、廃道へ復帰することができた。その先も何カ所か崩落があったが高巻きによって回避。

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長い道のりもゴール間近。地面の傾斜が緩み立ち並ぶ杉の幹の合間から建物が見え始めた。廃村となった集落跡へ到着したようだ。頭上を覆っていた樹冠がとだえ、明るい空間が広がった。廃村の中央は日射しを反射する乾いた土砂に覆われた斜面となっていた。

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現在地は対岸の林道から眺めた大崩落地点の下部。崩落を起こした石や砂などの土砂が集落平地に堆積、崖錐と言われる半円錐状の地形を形成しており中央部の民家は屋根だけを残し土砂に半ば埋もれていた。

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肝心の廃校はどこだろうと見渡すと外れの森にそれらしき建物があった。木立に覆われひっそりと木漏れ日を浴びる屋根は降り積もった葉と苔に覆われている。

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校舎周辺は斜めの地形となっており、山裾が形成する自然傾斜に見えるが、降り積もった葉の合間から見える地面は腐葉土ではなく砂利のような堆積物だったため崩落の影響は廃校にも及んでいることがわかる。
一方校舎は閉校から60年近くが経過したにもかかわらず予想以上しっかりとした外観に見える。しかし裏に回ると校舎の片側は壁面が完全に消滅していた。そのため外側から校舎の断面を見ることができる。

静岡県廃村小俣集落小俣分校跡2303Obunko0106.jpg

壁が失われた西面から見た室内は堆積した土砂によって斜めに埋め尽くされていた。土砂は北側の窓、そして壁面をつき破り教室内に堆積している。その奥には学校であったことを示す黒ずんだ黒板が残されていた。

静岡県小俣分校跡2303Obunko0107.jpg
静岡県小俣分校跡2303Obunko0102.jpg

溝が掘られた鴨居が残されていることから教室内は襖か障子で仕切られていたようだ。梁や天井、壁、いずれも平行が合わないところを見ると建物全体も土砂に押し出される形で南側へ傾いでいるようにみえる。
同じアングルばかりだが、外からでは他に撮りようがないのだ。

廃村小俣集落2303Obunko0108.jpg
廃村小俣集落2303Obunko0101.jpg
廃村小俣集落2303Obunko0103.jpg

外から見る限り学校を思わせる痕跡は机と黒板くらい。分校とはいえ非常にこぢんまりとした規模。
O分校はここから数キロ下った小集落にあるI小学校の分校だった。I小学校は何年か前現在地を目指したときにの起点となった場所。[下記写真] 小学校はもちろん廃校、当時わずかながら人の気配があったこの集落も最近無人化したようだ。

石切小学校廃校2103shizuokahaiko091.jpg


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杉の樹冠に覆われ航空写真にも写らない分校跡。廃校編で毎回同じ事を書いて恐縮だが当時からこのような状態だったわけではなく過去の航空写真を1960年代まで遡ると廃校や集落周辺は切り開かれ耕作地となっていたことが読み取れる。その後住人が離村する度、跡地に植林が行われ閉校から60年後、成長した杉が校舎を空からも覆い隠した。

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一帯を埋め尽くす土砂は砂では無く尖った岩片。見上げると崩落の発端となった崖が見える。土砂は周囲の森の中も埋めており、特に堆積量の多い中央部の木々は立ち枯れを起こしている。また廃校上部の神社も倒壊していた。

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砂の女2303Obunko0204.jpg

歴史ある集落と廃校を消し去る土砂。埋もれ行く村に立つと安部公房の名作、「砂の女」という小説が頭に浮かぶ。砂丘の際に立地し迫り来る砂との戦いを宿命づけられた日本海の集落。日々砂を掘り出さなければ埋没してしまう集落で、埋もれかけた民家に監禁された男はひたすら砂と格闘しながら脱出を試みる。わずかの隙間も見逃さず室内に侵入する砂。水を吸って数倍の重さとなる砂。砂の恐ろしさをこの本で知った。

安息角の限界を超えた小石が小規模な崩落を繰り返しており、静まりかえる廃村に時折パラパラという音が響く。不安定な斜面に長居は無用。

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土砂によって徐々に埋もれていく廃村と廃校。一方で危機は足元からも迫っている。集落南端は木々が途絶えた明るい空間。ここまで歩き続けた林道有する対岸の山塊を望む眺望が眼下まで続いている。ということは数メートル先で地盤が切れ落ちているということ。

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恐る恐るのぞき込んだ谷側は崩落した断崖となっていた。足元の地盤は集落際まで浸食されており、地表は雪庇のように突き出た形となっている。崩れた土砂は遙か眼下を流れる川へと無数の木々を巻き込みながら流れ込んでいた。

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浸食は次第に集落に接近しており、上部からの土砂に飲み込まれるか、下部からの崩落によって地盤ごと崩れ落ちるのか。古文書にも登場する長い歴史を持つ集落は今、離村による無人化とは別の意味で存続の瀬戸際となっている。

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最後に長かった道中を紹介。
集落と林道の間の廃道路上にはホイールローダーが停め置かれていた。災害復旧用に林道経由で持ち込まれたのだろうがその後、乗り入れた車道も崩落してしまった。路面は修復されることなく放棄されているため重機はこの地から持ち出すこともできず廃車となりつつあった。崩落、倒木。道はもう復旧されることもないだろう。

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倒木を乗り越え崩落を迂回し谷奥の分岐点に復帰。ここから稜線上に停めた車まで登り林道が延々と続く。分岐もない一本道を登り続けるだけなので迷いようもなく考え事には最適。とぼとぼと歩き続ける。スタートしたものの肝心の登山口まで延々と林道歩きを強いられるのは槍穂高登山の際に経験する上高地〜横尾のようだ。

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尾根に近い林道脇には切り出した杉が山積みとなっており現在も林業は行われている。
今回廃校へのアクセス路となった林道を使用する尾根ルート。本来この林道は木材積み出し用として営林署が敷設したもの。その副産物として集落が車道で接続されたため、集落へ車で入ることができるようになったのは後年になってからだと思われる。

O分校がI小学校の分校だったように、古来よりO集落は下流のI集落と密接な繋がりがあり、林道開通までは谷ルートの人道が使用されていただろう。さらに尾根を越え奥地に遡るとKという半ば伝説的な存在となった隠れ里的集落もあった。

静岡県廃村小俣集落京丸集落へのアクセス地図2403O3D.jpg

一見何も関係も無さそうな10数キロを隔てた山中の秘境集落、それらは紀伊半島編で書いたように「山の道」→LINKによって繋がれており、人道を使い住民同士の交流が行われていたのだろう。それぞれを結んだこれら「山の道」は現在失われており、後年敷設された林道でかろうじて各集落を訪れることができるのだ。

[了]
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