●2000年春/パキスタン徘徊 Part.2〜ラワールピンディー編〜

  • 2013/08/08 22:30
  • Category: 海外
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ラホールの泥棒宿から逃げ出すと
そのままバスへ乗り込み首都の隣の街ラワールピンディーへとやってきた。
とはいえこの先特に予定もなく雑多なこの街で
だらだらと過ごすことになる。


photo:MINOLTA X-700 28mm/50mm/135mm

[前回の記事]

ラワールピンディー。
それなりに活気がある街だ。首都であるイスラマバードが隣接するせいか、昨日までいたラホールに比べると心なしか治安もよいように感じられる。
首都イスラマバードは整然としたつまらない街と聞いていたので訪れる気も起こらず特に予定もなく毎日ピンディー旧市街を歩く。とりたて観光地もないが整備された街に比べ一般人の暮らしを身近に見ることができる旧市街が好きだ。


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パキスタン料理にも飽きた頃、同宿のバックパッカーからケンタッキーがあると聞き向かってみることにした。
地元民にならって線路上を歩き移動する。軌道上にバラックを建てている一家もいるところをみると廃線なのだろうか。

それにしても遠い。廃線を歩き続け疲れ切った頃、彼方に赤と白の店舗が陽炎のように姿を現した。入り口では警備員が銃を構えているものものしい雰囲気。店内には街中でほとんど姿を見ることのない女性も多く、また着飾っているところから皆上流の階層だ。ケンタッキーはこの国では高級料理なのだろうか。とりあえずマハラジャバーガーなるのもを頼んだがなかなか良い味、その後何度か通うことになる。



海外に出ると次第に懐かしく思えるのが日本語である。
持ち込んだ数冊の文庫本を読み尽くし、さらにはリュックの中から出てきたくつぶれた新聞ですら懐かしく丁寧に広げると目を皿のようにして記事を読んでしまう。
日本語に飢えているのは自分だけではないようで宿では、「00号室の00です。本を交換しませんか」なんて張り紙を見かけたりすることも多い。イランの安宿でもよくそんな光景を見かけたもの。

ところがこの国では意外にも町の至る所で日本語を見かけることになった。
それは街中を走り回る日本の中古車である。

輸入した商用中古車の車体に書かれた日本語をあえて残すことで、俺の車は日本車だとアピールしているらしい。下の写真もハッピーショップ大阪店と書かれた車に人々が乗り込んでいく。

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日本車ではない車体に日本語ステッカーを貼り付けることまで流行しているようで、(株)の文字が反転していたりあきらかに文章がおかしかったりと不思議な日本語が多い。

それにしてもこんな怪しげな日本語がどこで流通しているだろうかと思っていたら、市場で日本語ステッカーが売られているのを見かけた。店頭に並べられたステッカーをよく見ると一見日本語のようでひらがなや漢字が妙にうねっている。おそらく写真等から見よう見まねでトレースしたのだろう。逆に自分がウルドゥー語をなぞってもこんな感じになるのだろうな。

もちろん日本語を読めるパキスタン人はいないのだからそれらしければ問題なし。怪しげな日本語を目にするときの不思議な違和感を感じてしまう。来日した英語圏の人間が、街を歩く日本人が着る英語のメッセージTシャツを見たときもこのような印象なのだろうか。


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両替店。
ドルの両替に訪れてみると開店までまだ2時間もあるという。暑さの中歩き回る気にもなれず店頭の日陰に座って店が開くのを待つ。


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時計の針はまったく進まない。
顔の周りを行き交う一匹の小バエ。追い払う気にもなれず目で追っているうちにいつの間にか現れた老人二人が何かを議論を始めたようだ。1時間近くこの二人をぼんやりと眺めているとようやく両替店が開いた。時間が過ぎるのが遅い町だ。



パキスタンで見かけるのは男ばかり。といっても人類の男女比は半々なのだからどこかに女性もいるはずである。
同じイスラム国家の隣国イランではさらに戒律が厳しいシーア派にもかかわらず、男性と同比率の女性を目にすることができた。
街中を女性たちが連れ立ってショッピングをしていたりアイスを食べたり。知り合ったイラン人のオフィスに遊びに行くとチャドルをまとった女性が男性の部下に指示を出しながら仕事をこなす光景に意外さを覚えたもの。チャドルという服装の制限はあるもののどこか垢抜けた感じだったイランに比べ、この国の女性は家の中でひっそりと過ごしているのだろうか。


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パキスタンのチャイ。

イランでは砂糖とともに飲むさっぱりとした味わいのチャイだったが隣国のこの国ではミルクがたっぷり入っている。
どちらも好きだ。毎日チャイばかり飲んでいる。


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やがて日が沈み次第に夜となる。しかしそのまま無事就寝と行かないのがこの国だ。
前触れもなく周囲の一斉に電気が消える。今夜も停電。

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宿の窓から外をのぞくと薄暮の中、暗闇となった街のシルエットだけが浮かび上がる。
彼方では街の灯りが見えるので停電はこの一画だけなのだろう。
暗闇となった室内では本も読めず読みかけの小説をベッドに置きぼんやりと暮れゆくパキスタンを眺める。せっかく海外を訪れたというのに観光をするでもなく毎日あてもなく街を歩き回るだけの日々。


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停電は2時間ほどで復旧する。住民は慣れもので復旧と同時に喧噪が始まり再び街は活気を取り戻していく。



ラワールピンディーも飽きてきた。
ここからどこへ向かおうかと地図を広げる。南部のカラチ。西のアフガン国境。そして北部のヒマラヤ。

南部に行っても見るべきものは海くらいか。しかも遠い。テロも多いと聞く。
というわけでまずは北部のギルギットという街を目指すことにした。ギルギットまではカラコルムハイウェイと呼ばれる山岳道路が通じているという。西の密輸の街、ペシャワール、あわよくばアフガン国境はその後訪れよう。

というわけでラワールピンディー数日目にしてようやく次の目的地が決まり動き始めた。

[続く]

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