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●2013年10月某日/巨船を見上げる。造船所ドック見学[前]

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三重県のとある街では以前から
市内にある巨大造船所での公開見学イベントが年に一度開催されており
巨船をドック内から見上げるという貴重な経験をすることができる。
「予定リスト」に以前から入れてある重大イベントのひとつなのだが
開催日の10月某日に限って抜けることができない行事と重なり訪問できないまま数年が過ぎた。
2013年、今年も秋の気配が近付いてきた。
ところが不思議なことに今度はいつまでたっても開催発表が行われない。
イベント事態が中止になったのだろうか。


photo:Canon eos7d 15-85mm

今年も開催のシーズンを迎えた造船所公開見学イベント。ところが10月も半ばになったというのにいまだ日程の発表がない。以前から宣伝色を薄くしていたイベントだったが今年はさらに告知を減らそうということなのか。それでも例年公式サイトの片隅にひっそりと掲載されていたプレスリリースすらないのもおかしなことだ。
各所へ問い合わせたところ今年も開催されると判明したが問題はその日程。今週の土曜日、なんとあさってだ。あわててスケジュールを見ると今年は奇跡的に空いてる。台風接近中という開催が危ぶまれる不安定な天候の中、三重県の造船ドック目指して出発した。



三重県の海辺にある造船所へ到着。警備員に誘導され構内の駐車場へ車と停めた。工場といえば通常、部外者を寄せ付けない排他的なもの。しかしこのウエルカムな雰囲気、昔訪れた千葉県JFEスチール製鉄所の公開イベント「ちばまつり」を思い出す。停車してある車のほぼすべては地元三重ナンバー、自分のような他府県ナンバーはほぼ皆無。見渡して感じたのはこのイベント、どちらかというと従業員の家族向けに行われているようだ。そのため、あえて宣伝色を薄くしているのだろうか。



賑やかな祭り会場はスルー、目的地である造船ドック見学へと向かうべくシャトルベスへと乗り込んだ。バスは巨大な船体のパーツが散乱する敷地を通り抜けていく。これらの船体組み立て工場も非常に気になるところ。
バスは構内を通り抜け乾ドックの縁へと到着、ここが目的地の造船ドック。巨大な空間がぽっかりと口を開けている。

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深く掘り下げられたドックの底へは仮設エレベーターで降りることとなる。
その入口から建造中の船を見下ろす。まさに巨船。比較対象となる人が画面に入ると桁外れのサイズ感がよくわかる。船を見下ろしながらエレベーターの順番が回ってくるのを待ち続けた。

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15分後ついに憧れの造船ドックへと降り立った。
ここ数年、訳あって造船について調べてきたがドック底に降りたのは初めてのこと。もちろん進水の際は流れ込んだ海水によってこの場所は水没する。どこか感じる息苦しい圧迫感はダム水没予定地を訪問する際に感じるものとどこか似ている。

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錆やパイプ、このようなテクスチャにも目を引かれてしまう。そういえば少し前、図書館で魅力的なDVDを見つけ借りる機会があった。その名も巨船!話しは一旦それるが味のあるカラーフィルムの映像がとてもよい記録映画なので少し紹介したい。舞台は1959年の長崎三菱造船所だ。

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映画が始まるとくすんだ朱色の背景をバックに浮かび上がる文部省推薦の文字。続いて重苦しい音楽とともに「巨船」という筆文字が登場。現在の英語を多用するロゴとは迫力が違う。この時点で完全に引き込まれてしまった。



ストーリーは長崎三菱造船所でイギリスから受注したタンカーを組み上げていくカラーの記録フィルム。撮影された時代は1950年代、戦後わずか10年たらずで日本の造船技術は海外から発注を受ける程に復興した。

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さまざまな困難を試行錯誤しながら乗り越えついに本体の建造は終わった。あとは海上での艤装作業となる。
いよいよ進水。この造船所ではドックに水を注入する方式と違い海へ向かって船を滑らせる困難な進水方法。かつて同じ場所で進水を行った戦艦武蔵はあまりに膨大な排水量が長崎湾内に「津波」を引き起こしたという。



ついに決定した進水日。前夜、訓示にひきしまる作業員。翌朝の満潮時刻めざし真っ暗な船底では油とほこりまみれで徹夜の作業。次第に満ち始めた潮に腰まで海水につかりながら作業員達は一睡もせず夜が明けた。

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日も差さない暗いドック底で海水に浸かりうごめく疲れ切った作業員達。一方船上では降り注ぐ陽光の中、人々が集い、鐘が鳴らさせると華やかに着飾った船主令嬢がさわかやに支綱切断の儀式を行った。

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船主も、招待客も、船底の作業員も皆固唾をのんで船体を見守る。巨船は動くか。まだ停止したままだ。何かが動いた。目の錯覚ではない。確かに動いている。次第に船体のスピードは増し埃を巻き上げ轟音とともに港へと滑り込んでいく。

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狭い長崎湾へ突入した巨船、このままでは対岸に衝突してしまう。9万トンに及ぶ巨大な船体を直ちに停止させるべく一斉に碇の投錨が行われ水面に水しぶきが上がる。やがて船は無事長崎港の真ん中で静かに停止した。

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という渋いストーリー。このような試行錯誤や苦労があって今の造船業があるのだ。



ドックの底に置かれている全長250mの巨船。大きさ、重量感、あらゆるものに圧倒された。超広角レンズを借りてきたものの入りきらず、ドックの壁に背中を押しつけ撮る。船はもちろん部品、工具、現場に転がる全てのものが巨大で次第にスケール感が狂ってくる。これでも世界最大の船に比べればその大きさは半分程度というから驚きだ。

船というものはおそらく人類が作った乗り物の中で最も巨大なものではなかろうか。飛行機はもちろん、ロケットでさえ巨船のサイズには及ばない。同時に人が操る乗り物としては最古から地球上に存在したある意味アナログ的なものでもある。
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かつての造船はドックの底に一直線に敷いた竜骨といわれる船の背骨部分をベースに上へと組み上げて行く方法が一般的だった。しかし材料が木材から鉄へと変化し、トン数が増えるほど部品も巨大化し同時に工期も複雑になっていく。
この課題を解消したのが現在普及したブロック工法。各工場で船体を予めバラバラに建造、それをドックまで運び、溶接によって一気に船体を組み立てる。現在ドックに鎮座する船はブロックがつなぎ合わされた状態。塗装が終わっていないため、生々しいつなぎ目の溶接部分がまるでつぎはぎのようにもみえる。

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溶接によって行われている船体接合、かつてはリベット工法とよばれる鋲打ちで行われていた。
ドックの底で焼かれたリベットを職人がヤットコを使い上放り投げると待ち構えた職人がカゴで器用につかみ取り鉄板に開けた穴に大型ハンマーで打ち込んでいく。まさに職人芸の世界。大型船になるとリベットが数百万本近く使用されていたという。
リベットで締め上げられた船体は頑丈だという反面、リベット自体も数百万本になれば膨大な重量ともなり、さらには熟練工でしか対応できないというデメリットも存在した。



このリベット工法から現在の溶接へと入れ替わる造船技術の大きな転換点について先日偶然読んだばかりの本に非常に詳しく書かれていた。昭和初期の日本海軍造船所が舞台だ。

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当時日本海軍は海軍工廠と呼ばれる自前の造船所を持ち軍艦建造を行っていた。そんな中、海外の造船技術を視察した技術将校達はドイツを中心に主流になりつつあった電気溶接に感銘を受け工期短縮・重量軽減にもつながるこの新技術を取り入れようと画策する。
ところがいつの時代にも新技術の導入にあたっては、それに反発し現状を守ろうとする現状維持派、いわゆる保守派というもの必ず存在するもの。船体のつなぎ目の接合というものは人命にも関わる生命線なのだから新技術に慎重になるのは当然ともいえよう。

造船所の内部0311JapanMarineUnited01.jpg

その後、溶接推進派と、リベット工法維持派は二つの派閥に分かれ海軍を二分する大激論に発展することになった。結果、リベット派主力が国内不在中に実権を握った溶接派によって電気溶接は上記のブロック工法と並行し推し進められることとなり一抹の不安を抱えながらも以降の軍艦建造は新技術によって建造されることになった。

ところが数年後、台風内で艦隊の船体が次々に破断するという第四艦隊事件が発生、かねてから指摘されていた溶接の強度不足への不安が現実となってしまう。溶接派の台頭を苦々しく見つめ巻き返しの機会を狙っていたリベット派は千載一遇のチャンスとばかり大攻勢をかけ形成は一気に逆転、半ば強引に電気溶接派を押し進めた人々は次々に失脚に追い込まれた。
しかし、開戦とともに工期短縮、資材削減という意味で再び電気溶接に注目が集まり再度返り咲くといった二転三転を繰り返し結局戦後の世界の造船は溶接工法が主流となった。

技術的な話、専門用語が多く正直不明点も多い本だったが技術転換期の技術者同士のプライドをかけた激しい攻防が見どころのある読み物だった。

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船底をのぞき込むと無数の盤木が並んでいる。海中では浮力という魔法によって重量を消し去る巨船も陸上では数十万トンという膨大な重量でのしかかってくる。その重みのすべてを小さな盤木が支えている。去年見学した小さな造船所では木材だった盤木だがこちらではコンクリート製。



それにしても別の場所で組み立てた曲面の多い巨大物体を寸分違わず組み合わせられるというのは素人からするととんでもないことだ。そのことを伝えると、いやあ当たり前ですよと笑われたがやはり大したものだと思ってしまう。

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残念だったのは船にプロペラが設置されていなかったこと。設置予定部分にはカバーが掛けられ肝心のプロペラはドックの片隅に転がっていた。
さらに過去に訪れた方のブログを拝見するとかつては船上見学が行われていたようなのだが今回はなし。それでも建造中の船にここまで肉薄できたのだからよしとしよう。
というわけで一旦ドックから地上へ戻り次は工場を見学することにする。

[続く]
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