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●2013年12月某日/極寒の瀬戸内徘徊

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シマダスという離島ガイドがある。
おそらく創刊時存在したイミダスという用語辞典をモチーフにした命名だと思うのだが
当時、いや現在に至るまでここまで細かく離島情報を網羅した本はなく衝撃的だったことを覚えている。
初めて購入したのは初版だったから1998年、もう10数年前のことだ。
当時はネット環境もなく離島巡りと言えばこの本が唯一の頼りだった。
掲載された無数の島の中から見つけ出した気になる島には
付箋を貼り付けといつか訪れるべく訪問予定リストとして長年管理していた。

増え続ける訪問予定リストに組み込まれていた二つの島を訪れる計画がスタートしたのはこの秋。
四国にあるその島のひとつは無人島、もうひとつは廃校を持つ有人島。
とはいえ季節風が吹き荒れるこの時期の上陸は当然あまりにもリスクは高い。
結果からいうと二つの島とも欠航という失敗に終わった。

寒波が襲来した冬の日、上陸のチャンスを伺いながら
岡山香川の瀬戸内沿岸を徘徊した旅録。


photo:Canon eos7d 15-85mm


一つ目の島は伊予灘に浮かぶ青島と呼ばれる島。上陸の目的は島にあるという廃校。この青島、大洲市の港から50分ほどで到着する離島というほどでもない島なのだが不思議なことに昔から縁がない。例のシマダスで廃校があると知ってからは何度か渡航に挑戦しているのだが

2003年 出航に遅刻・・・。
2011年GW 港まで行きながら欠航→LINK 
2012年GWは大洲まで行きながら予定が入り進路変更→LINK

南北大東島から利尻礼文まで数多くの島巡りをしてきたが、ある意味これほどまでに遠い島はなかった。
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2013年、今年こそはと思い夏から秋にかけ渡航を決行する予定だったものの休みを慶良間訪問に使ってしまい気がつけば冬場。冬の離島航路は当然欠航リスクは高い。しかし青島上陸を急いだのには理由がある。
この青島、とあるきっかけで知名度が一気に上がり今や定期船にも乗りきれない異常な状態だという。
それは島に無数に生息する野良猫。半年ほど前までは「伊予青島」で検索し引っかかるサイトはわずか2〜3程度だったが今や無限に存在する。訪問客が激増すればいつ廃校も封鎖されてしまうかもしれない。というわけで行くしかなくなってしまった。

二つ目の目的地はとある四国の無人島。四阪島ほどの規模はではないが、こじんまりとした廃墟が点在するという魅力的な島。今回はこの二つの島、うまくいけばさらにもう一つを二日間で巡るという壮大?な旅である。

※結果的に渡航できませんでしたので情報収集の方はこのへんでおやめ下さい・・・。





二つの島への出港地となる四国を目指し早朝、西へと出発。廃墟島へ渡るのは明日。すでに地元漁師の渡船も押さえてある。今日は四国の友人宅が目的地。

天気図によれば中国地方を寒冷前線が通過中。西へと進む我が車と前線はまもなくすれ違うことになるだろう。予想通り大阪付近で激しい雨となる。前線が抜ける明日は天候は回復するものの冬型となるため季節風吹き荒れる1日となりそうだ。やはり心配事は無人島へ渡る渡船、途中休憩したSAで予約を入れてある渡船屋に電話をするものの天候は読めないようで夕方再度電話くださいとの答え。



ガラガラの中国道、予定よりも早く岡山県へ到着してしまった。明日一緒に島へ渡る友人宅へは本日夜到着予定と言うのに時刻はまだ午後2時。

このあたりで時間をつぶせそうな場所はないだろうか。10年以上前に訪れた柵原鉱山は解体されてしまったものの同時期に訪問した竜山鉱山ならば残されているはず。確か鉱山は谷間を遡った突き当たりにあったなと記憶を頼りにそれらしき細道をたどって行く。ところがいつまでたっても到着できないまま時は過ぎ、気がつくと複雑に入り組む谷間へと入り込んでしまった。一旦ふもとへ戻り進路を修正しながら進んで行くと、ようやく見覚えのある山道から眼下に朽ち果てた竜山鉱山選鉱所が姿を見せた。

竜山鉱山の廃墟1312setouchi001.jpg


周囲を覆い尽くすクマザサ、枯れ果てた谷。色が存在しない単色の世界に雪が舞い降りる。
その斜面にまるで草木と同化してしまったのような茶色の建物が崩れ落ちそうになりながらかろうじて張り付いている。

選鉱所へと続く道は車の往来もないのか路面は落葉で隙間なく埋め尽くされている。

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竜山鉱山の鉱山街1312shikoku01tsuika3.jpg

道の周囲にはいくつかの朽ち果てた建物、中を覗くと室内には一升瓶が散乱していた。
それにしても非常に規模が小さい鉱山街。巨大資本が投下されていた財閥系炭鉱街や鉱山街は、かつての華やかな全盛期を伺わせる痕跡も多いがここに残る遺構はわずか数戸の建物だけ。

竜山鉱山1312kume02.jpg


雪雲は流れ去り空は晴れ渡った。とはいえ深い谷間の鉱山街は陽も届かず冷気に包まれている。雪によって濡れた枯葉を踏みながら選鉱所へと近付いていく。
静まり返った谷の奥からエンジン音が近付いてきた。人気のないこのような山中で誰がやってくるのだろう。山から下って来たのはおばあさんの運転するカブ。田舎で人に出会った場合は会釈をするに限る。挨拶すると向こうも安心したような笑顔を浮かべ下流方面へと下って行った。



鉱山街を抜けると竜山鉱山選鉱所が正面に現れた。木々を組み合わせた複雑な構造。閉山から50年あまり、よく崩れ落ちずに残っているものだ。
建物は生い茂った枝や蔓に隙間なく覆われている。小枝をかき分け隙間に体をねじ込み最下層にある建物へなんとか到着。夏ならばさらにひどい目にあっていたことだろう。最初に現れた建物は採掘後、選別を終えた鉱石をトラックへ積み込んでいたホッパー跡だと思われる。


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さらに上へと続く鉱山本体目指し崩れた斜面をよじ上って行く。手に触れるコンクリートは驚くほどの冷たさ。

各地の廃鉱山を巡ったことがあった。鉱山に付随する選鉱所はその多くが山の斜面を利用し作られている。最上段に集められた鉱石は重力に従い下へと流されながら選別が行われ最後にホッパーから鉄道、あるいはトラックに積み込まれ出荷される仕組み。ここも例外ではなく最上段を目指すにはひたすら傾斜を上り続ける必要がある。


かつて見た中で最も大規模だったのが隣の兵庫県にあった神子畑選鉱所。あまりにも巨大な廃墟に圧倒された神子畑に比べればこの選鉱所は非常に小規模。それでも時折さすがに登頂不可能だろうと思われるコンクリート壁が現れる。しかしそのような場所で必ず長い木材が立てかけてある。おそらくここを訪れた先人が設置してくれたのだろう、ありがたく再利用しようやく最上段に達することができた。


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大げさな寄り道となったものの、最も重要なのは明日の渡航状況。
四国に向け中国山地を南下していく途中のコンビニ駐車場から、渡船屋に再び電話を掛けてみる。しかし帰ってきたのは明日の天候では出港は無理という答えだった。
ああ、やはり欠航か、ある程度予想していたとはいえこの瞬間計画は崩れ去った。一応明後日も予備として確保してあるのものの猛烈な冬型が数日間続くことを考えるとさすがに困難だろう。

沈んだ気持ちでぼんやりとハンドルを握り岡山県の山中を南下すること一時間、気がつくといつのまにか平野が広がりやがて車は瀬戸内海へと達した。ホテルの廃墟がそびえる高台からは、四国へとつながる瀬戸大橋、無数の小島、四国の山々や工場群をぼんやりと望むことが出来る。

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まもなく日も沈む。時計を眺めそろそろ四国に渡ろうか、と思う。やがてコントラストのない薄暮が瀬戸内海を包み込み、蒼い世界は闇に包まれていった。



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神戸淡路鳴門道(明石大橋、鳴門大橋)・瀬戸中央道(瀬戸大橋)・西瀬戸道(しまなみ海道)、
本州四国を結ぶ3つの架橋の中で最も古い瀬戸大橋からの光景は変化に富んで魅力的だ。

瀬戸大橋は怪しく輝くコンビナート地帯を過ぎると小さな小島の上を次々に飛び越えていく。
一瞬で過ぎ去る眼下の小島はどれもこの橋を支える橋桁とされた島々。しまなみ海道も同じく多数の島々を伝い架橋が建設されたものの、島の面積が大きいしまなみ海道と比べこちらは島自体が非常に小さいためかどこか「踏み台にされた感」を感じてしまう。とはいえこれらの島々が土台となってくれたおかげで我々は車で四国へ行き来できるようになった。



かつて廃墟となった施設を探しに橋脚の島のひとつである香川県櫃石島を訪れたことがあった。
瀬戸大橋から島へと降りるインターは島民以外利用することができないため、岡山側から路線バスに乗り換え上陸した島で見たのは威圧感を持つアンカーブロック、頭上を覆う架橋。島を埋め尽くすようなそんな巨大建造物下のわずかな平地に民家が密集する光景だった。
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今回は別の架橋島へ降りてみることにした。
与島という島だ。



瀬戸大橋与島ジャンクション夜景1312setouchi0011.jpg



岡山側から数えて四つ目のこの島、櫃石島と違い連絡橋の土台の中で最も大きな面積を持つ。
そのため瀬戸中央道のパーキングエリアまでもが設置されている一見にぎやかな場所。与島PAに車を停め案内看板を見ると、島の一部ならば車で降りることも可能という便利な仕組みになっているらしい。複雑に入り組んだジャンクションをぐるぐると回り車で島に降り立った。
夜間というのに多くの車や観光客であふれていた与島PAとはうってかわり、ふもとの駐車場には一台の車も見当たらない。


与島の与島ジャンクション夜景1312shikoku01tsuika1.jpg


車から降り、カメラを持つと夜の与島を歩く。灯台、航海灯、対岸のコンビナート、夜の瀬戸内海は意外にもさまざまな光で溢れていた。漆黒の対岸には廃墟で有名な小与島のシルエットが浮かび上がる。



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しかしこの島で圧倒的な存在感を持つのはやはり瀬戸大橋。特に吊り橋のメインケーブルを自重によって固定させる巨大アンカーブロックの重量感は圧倒的な威圧感。オレンジ色のライトで照らし出される建造物はのどかな漁村の島とはあまりにもかけ離れた不思議な光景を作り出している。響き渡る轟音に頭上を見上げると本四備讃線の列車が光の帯を引きながら上空を覆う瀬戸大橋を通過していった。

頭上にのし掛かる瀬戸大橋、その下で暮らす住民は毎日どんな思いでこの建造物を見上げているのだろう。ある日、建設が始まるとみるみる巨大化していく建造物。個人ではとても太刀打ちできない国家プロジェクト。

祖母が住む山村に10数年前、高速道路が着工、巨大な橋脚が家の正面に立ち並び始めた。
やがて完成した高速道路には夜間になっても煌々と電灯がともされ周囲は昼間のような明るさだ。ところが違和感も感じたのもつかの間、数年が過ぎると次第に当たり前の光景へと変化し昔の姿が薄れていく。瀬戸大橋開通から25年、島民にとってはすでに見慣れた風景の一部なのだろうか。



雨と雪を降らせた前線通過と共に流れ込んだ強い寒気によって恐ろしく冷え込んだ冬の夜。指に触れる三脚はぞっとするほど冷え切っている。さらに吹き付ける季節風が三脚を揺らし続け長時間露光もままならず。かじかんだ手でカイロを取り出しわずかな温かみに触れながら徘徊を続けた。


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それにしても与島北端のこの小さな集落、人の気配と言ったものをまったく感じ取る事のできない場所だ。集落内の路地を歩き続けるもののカーテンの隙間から光が漏れる民家はひとつとして見当たらず、背後にそびえたつ橋脚と複雑な与島ジャンクションだけが闇の中、不気味に浮かび上がっている。夜と言ってもまだ19時半、それほど遅い時間とも思えないがどの家の住民も寝静まっているのだろうか。


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静まりかえった集落の路地を歩いていると闇に響く足音に反応したのか、突然一軒の民家の軒先で犬が吠え始めた。当初遠慮がちだった吠え方は反撃しない人間に自信を深めたのか次第に大きくなっていく。しかも遙か遠くの飼い犬までもがこの声に反応し、様々な犬の鳴き声が夜の集落に共鳴しはじめた。
なんだか大ごとになってきた。迷惑が掛けないよう小走りで集落から退散することにした。寒さに震えながの徘徊、三脚を揺らす強風でまともな写真を撮る事ができなかった夜の与島、それでも再び訪れたくなるような魅力的な光景が広がる島だった。

21:30
ようやく四国の友人宅に到着、近所の温泉の湯船に体を沈めると凍えそうだった体が解き放たれていく。なんという贅沢。冬には弱い自分を改めて実感。
それにしても肝心の渡船が出航しない明日はいったい何をしたらよいのだろうか。そんな不安をよそに意外にやることはあったのだ。

[続く]
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