●2013年12月某日/紀伊半島廃校縦断記.02

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131201kiitop2.jpg広大な面積を誇る秘境半島、紀伊半島。
そんな紀伊半島縦断を年末に久しぶりに行った。
早朝の積雪に驚かされながらも、熊野まで駆け抜けてきた。
尾鷲の廃校では近所の方の好意で建物を見学させてもらえるなど順調な滑り出し。
しかしこの先の目的地は広大な紀伊半島山中に点在する廃校や廃村。
積雪に阻まれることなく無事たどり着くことができるのだろうか・・・。


※本記事は訪問時のものです。現在の状況は異なっている可能性もあります。

[前回の記事]1312kiimap05.jpg
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尾鷲から熊野へ続くリアス式海岸に沿って走る国道311号。
漁村同士を繋ぎ広がったと思えば前触れもなく狭路に戻る、そんな国道を我慢強くトレースし続けた先に突然現れた広大な砂浜。冬とは思えない海の色が魅力的な新鹿と言う場所だった。

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ついに熊野市まで南下。しつこく続いていた三重県沿岸のリアス式海岸もここまで。ここからは一転、七里御浜と呼ばれる砂利の浜が続く変化のない海岸線となる。浜に沿って進む国道42号線、地図上では一見眺望を期待できそうに思えるものの実際には防風林がひたすら続き、海辺の様子は伺い知ることはできない。

だらだらと流れる長い車列、変化のない国道、そんな単調な光景にどこか感じるデジャブ。そう、この道は4年前の2009年冬、沖合に座礁したフェリーありあけを探しにやってきたものの、視界を遮る防風林に国道からはその姿を見ることができず右往左往した場所なのだ。

座礁したフェリーありあけ1312kiiariake.jpg

写真は4年前のありあけ。この写真を撮った直後、嵐で船体が崩壊、今は跡形もない。



和歌山県へと入る。熊野川を渡る数少ない架橋に交通が集中、新宮市街地は混み合っている。時間を大きくロスし焦り始めた頃、完成したばかりの那智勝浦道が現れた。トンネルを贅沢に使ったバイパスによってあっという間に南紀へ到着、予想以上に早く紀伊半島はこんなに狭かっただろうかと拍子抜けしてしまったほど。



インターを降り紀伊山中へ。山道を進んでいくと山肌がみるみる荒れ始めた。山林が削り取られ茶色の地面がむき出しになった斜面、崩落した橋。今回の紀伊半島縦断で大きな印象に残ったのはいまだ爪痕を残す2011年大水害の跡だった。ここでも多数の重機が土石流によって堆積した巨岩の撤去に追われている。主要道は再開したものの林道を含めたすべての路線が復旧するまでには長い年月を要することだろう。



廃校が残るという地区に向け山道は高度を上げていく。道の両脇には雪が残るものの日差しは強く凍結の心配はないはず。先ほどまで海辺を走っていた熊野灘がいつのまにか遙か眼下となった。木々の隙間からは輝く海を眺望できる。 

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山中に不釣り合いな広大な空き地と小さな建物が現れた。道路脇のスペースに車を停め見上げると空き地は校庭跡、奥には校舎らしき建物が見える。複数の組み合わせで構成された学校は想像していたよりも規模が大きそうだ。秘境とも言える山間部によくもこれだけの規模の学校を維持できるだけの子供達がいたものだ。

校舎を見上げていると人気のないはずの山中に突然子供の声が響いた。
ここは現役だったのだのか、と振り返ると声は校庭片隅にある建物から届いてくる。学校施設だと思っていた小さな建物、実は居住中の民家だったようだ。庭代わりにしていた校庭へ入り込んでしまったので、ドアを叩き廃校見学の許可をいただく。家主の後ろから時折恥ずかしそうに顔を出す先ほどの声の主、小さなお子さんがかわいらしい。



見学許可をいただけたので三つで形成されている廃校舎を順に見ていこう。木造平屋の渡り廊下を進むと現れる吹き抜けのロビー、これが三つの建物へ通じる交差点のような役割を果たしているらしい。まず鉄筋校舎へ。
廊下を進むと壁や床材がコンクリートから木造へと変化した。いつの間にかさらに奥にある木造校舎へと入り込んでいたようだ。校舎は増改築を繰り返した結果、迷宮のように入り組む構造となった。

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高台に建ち西を向く教室の日当たりは抜群。真冬だというのに室内は暖かく割れたガラスから時折吹き込む風に枯れ葉が移動を繰り返す。ここでも植物の浸食は進んでおり壁を伝う蔓は今でこそ枯れてはいるものの夏場には緑の葉を茂らせていることだろう。割れた窓から見下ろすと先程の子供が日だまりの校庭で遊んでいる姿が逆光に見え隠れ。

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中央校舎を奥へと進むと突き当たりには講堂らしい大きな空間が広がっていた。年月の経過によって彩度が落ちたとはいえ目を引く深紅の垂れ幕が残るステージ上にはレコードや鍵盤ハーモニカ、楽譜などの楽器類が散乱している。その中でも最も存在感を放つのが講堂中心に置かれたままの大きなグランドピアノ。

廃校のグランドピアノ1312kiihai04.jpg
廃墟のピアノ1312kiihaib.jpg

ピアノ自体決して安いものではないし、ましてやグランドピアノと言えば非常に高価な代物だろう。今朝訪れた廃校でも朽ちゆくまま放置されているグランドピアノを見かけたが、廃校後このような高価な備品の管理はどのような仕組みになっているのだろうか。ここも「閉校」扱いとなっているのかもしれない。
果たして音はでるのだろうかと埃をかぶった鍵盤をそっと叩いてみる。すると想像していた以上にしっかりとした音が講堂内に響き渡り驚いてしまった。



最後に訪れたのは三つ目の木造平屋の校舎。三つの建物、建築様式がばらばらのため、生徒の増加に合わせ時代ごとに増築を重ねていったと思われる。

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和歌山の廃校の教室跡1312kii0202.jpg
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ここは三つの中では最も崩壊が激しく教室内の天井が抜け落ちていた。天井から流れ込む雨によって床は腐り崩れ落ち、周囲の床も大きく湾曲している。誰が置いたか雨漏り対策のバケツがいくつか置かれていたものの、屋根が崩落した今、気休め程度にしかならないようだ。時折卒業生がここを訪れることがあるようで、黒板には教室を懐かむの声とともにどうにか崩壊を食い止めたいという悲痛な叫びが綴られていた。

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一棟一棟違った雰囲気の建物が一堂に会すバリエーションあふれる廃校だった。山中とは思えないほど規模が大きく、見ていない部屋も多いが今後の予定を考えるとこのあたりで切り上げなくては。校庭へ戻ると先ほどの民家を尋ね校舎見学のお礼を伝える。とてもさわやかな一家だった。



山を下ると新宮市街まで戻りコンビニ駐車場で遅い昼食。明るい店内、おなじみのメニュー。いつもと変わらぬ日常風景にほっとさせられる。非日常空間に身を置くと非常に疲れる。しかし今日の目標地は廃校、廃村併せて5物件。まだ残り三つ。車内でコンビニで購入した弁当を食べながらツーリングマップルを眺める。すでに時刻は午後二時前。広大な紀伊半島、冬の日暮れも早い。いったいどこまで回りきる事ができるのか・・・

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熊野川に沿って北上、やがて合流する311号へと入りかつてよく訪れた川原に湯がわき出る川湯温泉を横目に車を走らせていく。この道中いくつかの木造校舎廃校を見つけた。周囲に生活感のある民家があったため廃校を見学させてもらおうと扉を叩き声をかけたがいずれも無人。残念ながら先程の廃校のように内部見学はかなわず。

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心配事がひとつ。それは路肩に積もった白い雪。早朝伊勢あたりで積もっていた雪は南下とともに一旦消え去ったものの、山中へと進むにつれ再び目立つようになってきた。目的地の某廃村は悪路が予想される林道の最深部、積雪、あるいは凍結なんてしていたら進入不能。



印を付けた手元の地図の分岐地点もまもなく。右手にそれらしき入口が近付いてきた。しばし悩んだあげく林道へと進入した。進むにつれ路肩の積雪は次第に増していく。目的地の廃村、廃校はまだまだ先。チェーンを積んであるとはいえ、寒く狭い林道上で作業を行うのも気が進まない。今ならまだ転回する余地もあり残念だがこの辺であきらめよう。



結局林道探索にまごついているうち冬の日は急速に暮れ始め、他の目的地は訪れることができなかった。所々開通した高速道路やバイパスによってアクセスは劇的に改善されつつあるとはいえ様々な意味で相変わらず奥深い半島だった。
雪で断念した最後の林道、いつか再挑戦したいと思っていたが、その機会は意外に早く訪れ、わずか数日後には廃校到達を成功させることができた。

[了]
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