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●2014年1月某日/兵生分校。紀伊半島廃校縦断記。

  • 2014/02/21 22:49
  • Category: 廃校
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2013年の年末、久しぶりの紀伊半島廃校探索を行った。
三重、和歌山の漁村や山中に点在する多数の廃校訪問には成功したが
目的地のひとつだった兵生分校へと続く坂泰林道は雪の中だった。
やむを得ず途中で引き返したものの、あきらめきれず数日後、
年明けとともに廃村となった集落跡に残された兵生分校目指し
再び紀伊半島の山間部へと足を踏み入れた。


photo:Canon eos7d 15-85mm
※本記事は訪問時のものです。現在の状況は異なっている可能性もあります。


[前回の記事]

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7:15
紀伊半島山中を目指し和歌山県の田舎道をひた走る。早朝のコンビニ駐車場には改造バイク、ではなく改造されたママチャリが多数並ぶ。まるで暴走族のバイクかと見間違うほどに手を加えられ原型をとどめない自転車の持ち主はたむろしている中学生のガキ達だろう。そんなのどかな田舎の光景を眺めながら紀伊半島の奥深く、山間部へと入っていく。

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広大な紀伊半島中央部を川沿いに南下していくと目的地への分岐点が近付いてきた。
国道311号から外れ始まるのが坂泰林道。目的地の廃村、兵生集落へは林道の一本道、迷いようがない。むしろ心配なのは積雪や凍結。しかし林道進入を断念した数日前に比べ今日の気温は遙かに高く、ここ数日真冬にしては珍しく暖かい日が続いていたこと考えると心配はいらないはず。



数日前にUターンした箇所を通過、さらに奥へ進んだところで気になる看板が現れた。看板には「災害により坂泰林道通抜不能」と書かれている。ショックを受けたものの、通抜不能ということはある程度までは進めるのではないか。どちらにせよここまで来てしまった以上進めるところまで行ってみようと前向きに考え車を発進させた。

坂泰林道1401kii0309.jpg

坂泰林道地図kii01.jpg

真冬の枯れ果てた光景を予想していたも坂泰林道は意外にも緑が多い。木漏れ日とともに真冬だとは思えない色鮮やかな世界が続く。
古びた道はやがてダートへと変わる。右手には深い谷。路上には落石、そして深い水たまり。水や泥を跳ね上げ車は大きくバウンドをくり返す。ある程度の車高を持つ車なので底をする心配はないが車幅はぎりぎり。渓流に落ち込む緩い路肩の踏み抜きに注意しながら慎重に進んでいく。



次第に深くなる森。かつては対岸にも集落があったのか渓流を渡るいくつかの吊り橋が現れる。しかしいずれも朽ち果て渡ることもできない状態となっていた。低速で30分ほど坂泰林道を走り続けた頃、再び吊り橋が現れた。

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ここが兵生廃村と廃校への目印となる吊り橋。林道入口から吊り橋まではすれ違いも不可能な狭路が続いていたが、吊り橋から少し上流に進んだ場所に車を停められそうな空きスペースがあった。



古びた吊り橋に足を踏み入れる。板上には車の轍が残されているところをみると小型車ならば通行も可能のようだ。
対岸へと渡り一面の落ち葉を踏みしめながら森の奥へと進んでいくとかつての集落を予感させる古びた石垣が現れる。改めて周囲を見渡すと森の中には平屋の廃屋が点在していることに気がついた。ここが兵生集落の跡だと思われる。ということは廃校もこのあたりだろう。

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兵生分校跡地と刻まれた石碑を横目に苔むした石段を登ると、森が切れ開けた校庭だったと思われる広い空き地が現れた。足下に目をやると水たまりが多い校庭跡はヌタ場として利用されているのか、無数の獣の足跡が残されていた。ここにも車の轍が残されている。おそらく軽トラだろうが不安定な吊り橋を渡り、深い落ち葉の急坂を登ってきたとは。その機動力に驚かされる。

和歌山県兵生分校跡地1401kii0301.jpg

校庭奥に建つ崩れ落ちそうな木造の建物。これが今回の目的地である芦尾小学校兵生分校跡。茶褐色にくすんだ外観は背景の枯れた森と同化しているようにも見える。
崩壊した壁から内部を覗くとかつての教室は床板が撤去され地べたが剥き出しとなっていた。もちろんこの状態で勉強をしていたわけではなく集団移転後、校舎は牛舎として利用された時期があったとのこと。もちろん牛舎自体も今では放棄されている。

兵生は自然消滅したわけではなく県主導による集団移転によって廃村となった集落。かつて訪れたトカラ列島においても集団移住によって無人となった島があった。元島民の話ではインフラ整備と人口のバランスが釣り合わなくなったのが原因とのこと。
兵生集落もトカラほどの秘境ではないとは言え、紀伊半島奥深い山中。しかしどのような場所だろうと行政にはインフラ整備の義務がある。わずかな住民のためにインフラ整備を行い続けるのならばいっそ集団移転してほしいという考えなのだろう。山間部や離島を中心に集落の運営が立ち行かなくなるいわゆる「限界集落」が急増する今、今後このような事例は急増していくはず。




結局、林道入口で表示のあった通行止め箇所は現れず無事廃村へ到着することができた。しかしこの廃校を訪れるためには15キロのダート林道を往復する必要がある。手間をかける割には残留物も少なく決しておもしろい物件ではない。ただ到着した達成感だけは妙に大きく感じてしまう。いつ崩れ落ちてもおかしくはない兵生分校はあと何年建ち続けることができるだろうか。
林道をひたすら逆戻りしスタート地点の311号へと戻ってきた。舗装路に入りほっとする。

紀伊半島秘境集落1301kiitopmap3.jpg

深い山々が続く紀伊半島。川が削り出す急峻な谷が南北に続くため、幹線道路も必然的に南北へと伸び、尾根に阻まれる東西の移動路はわずかな数しか存在しない。しかもそのほとんどが酷道とよばれる悪路である。その中においては311号はまともな部類。



数日前、ほぼ10年ぶりに行った紀伊半島縦断では近年至る所に開通した長大トンネルや高速道路の存在に驚かされたが紀和町と下北山村を繋ぐあたりはまだ狭路が残る。そんな場所でも各所で道路拡張工事が行われ、その都度現れる交互通行の簡易信号が山中に思わぬ渋滞を巻き起こしていた。

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突如現れたこちらの現場では秘境瀞峡へと続くトンネル工事が行われていた。これらのトンネルの開通によって奥瀞道路が完成するといずれは下北山へのアクセスも劇的に改善していくのだろうか。

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そんな311号を熊野に向かい東進していく途中、田舎道の脇に怪しげな建物を見つけた。
空き地に車を入れ、坂道を登ると草むらの向こうには平屋の赤い屋根の建物。石碑によればここも廃校となった小学校のようだ。校庭に生い茂る枯れたススキは冬の逆光がよく似合う。

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14:20延々と続いてきた深い山々が突如切れると平野が広がりその向こうには輝く三重県熊野灘。ここで久しぶりに文明の香りを感じるコンビニに出会う。思えば早朝、自転車暴走族を見た和歌山のコンビニ以来。店内でパンとコーヒーを買い込み駐車場で遅い昼飯を食べる。

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写真は正確には熊野ではなく少し北上したあたりのリアス式海岸。海岸が玉砂利ではなく砂であるのがその証拠。



紀伊半島の東側、三重県尾鷲市。以前から気になっていた土井竹林と呼ばれる竹林を見に行ってみることにした。
手元のツーリングマップルを頼りに到着した現地は竹林、ではなくパチンコ屋だった。こんなはずではないと何度も確認しても視界に入いるのはやはりパチンコ屋。周囲を見渡してもホームセンター、マクドナルド、回転寿司など原色看板が立ち並ぶ地方都市の典型的な風景が広がっているだけで竹林は見当たらない。

パチンコ屋の警備員が通りがかったため、土井竹林へのアクセス方法を尋ねると店の裏山なのだという。本来の入口は遠回りと言うことで親切にもここに車を停めていきなさいとのこと。自分と警備員との会話をパチンコ屋から出てきたばかりの二人組の男が立ち聞きしているのが気になるが、アクセス方法は解決したのでお礼を言い徒歩で向かうことにした。

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古い建物脇を抜け山道を歩くと、やがてシダ植物が繁殖する谷間となりさらにその先に口を開ける素彫りの隧道が見えた。

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尾鷲市土井竹林の隧道1401kii0345.jpg

冷気が流れる10mほどの素掘り隧道を抜けた先には緑の別世界が広がっていた。目に入るのは一面、竹。竹の間からは国道沿いの店舗が見えるなど、決して広い空間ではないが「トンネルを抜けるとそこは竹林であった」というあまりにもベタな台詞が思わず頭に浮かぶこのアプローチは魅力だ。

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薄暗い谷間から竹林を見上げているとくぐもった声が隧道内から聞こえてくることに気がついた。振り向くと会話の主は先ほどパチンコ屋で警備員との話を立ち聞きしていた二人組の男。
こちら負けずに立ち聞きしてみると「地元にこんな場所があったのかよ」と感嘆しつつ携帯で竹林の写真を撮っている。どうやら警備員との会話が気になり後を付けてやってきた模様。

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静まりかえった竹林から隧道を抜けふもとへと下ると目に飛びこむ喧噪あふれる街並みに下界に戻った気分にさせられる。

時刻は午後4時過ぎ。現在地はまだ尾鷲市。この先通過する東名阪道では慢性的な渋滞にUターンラッシュも加わり修羅場になっていることが容易に予想できる。普段ならば渋滞をやりすごそうと裏道を探したりあるいは適当に車中泊でもするのものだが徘徊の疲れかなのかいずれも面倒になり飛び込みで亀山のルートインに泊まってしまった。翌朝、宿から出ると外は氷が張るほどの冷え込みだった。車中泊しなくてよかった。



今回二度に分けて行った紀伊半島徘徊では時間が足りず寄ることもできなかった地区も残るものの、それでも多数の魅力的な場所を見つけることができた。地図上に印を付けておいたそれらの場所、あるいは到達できなかった他の廃校にもこの夏までには再訪するつもりである。

[了]
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