FC2ブログ

●2014年4月某日/渡航失敗そして四国廃校巡り〜春編〜

  • 2014/04/30 22:44
  • Category: 廃校
1404murototop.jpg
四国沖に浮かぶ島にあるという廃校目指して行った渡航計画は悪天候によって再び失敗。
遠く四国までやってきながら手持ち無沙汰になってしまったので本島で廃校探しを続行することにした。
嵐の山中で見つけた崩壊寸前の廃校、そして初夏を思わせる新緑豊かな廃校と魅力的な四国の廃校巡り。



photo:Canon eos7d 15-85mm



吹き荒れる強風にわさわさと揺れるシュロの木々。人気のない山中の道路脇に車をとめ草をかき分けながら急斜面を下って行く。まるでジャングルのような森の中。このような場所に本当に学校があったのだろうか。木々の隙間からようやく廃校らしき建物が目に入ったのもつかのま曇天の空からは、みぞれのような冷たい雨が降り注ぎ始めた。

1404shikoku0102.jpg
  



現在地は四国の愛媛徳島の県境に近い深い山中。
しかしこんな悪天候の中、いったいなぜ四国山中を彷徨することになったのか。



その原因はあの青島だ。四国の沖合、伊予灘に浮かぶ伊予青島と呼ばれる島を知ったきっかけは、離島図鑑シマダス初版だったからもう10数年前のことだろうか。その中に書かれた「廃校あり」という文章が気になり四国を訪れるたび島の上陸に挑戦してきた。

伊予青島はとりたて離島と言うほどの島でもない。しかも内海。ところが過去の渡航計画はすべて惨憺たる結果に終わっている。

・2003年7月  港まで行くが早朝出航に遅刻
・2011年5月  大洲まで行くが大雨で中止→LINK
・2012年5月  松山まで行くが予定が入り変更→LINK
・2013年12月  風で欠航→LINK

秘境トカラ列島や絶海の孤島、南北大東島などは普通に訪れている自分だが不思議なことに伊予青島だにはまったく縁が無い。そして今回は5度目の正直。絶対に失敗するわけにはいかない。

さらに渡航を急いだのにはワケがある。一年ほど前まで「愛媛 青島」で検索を掛けてもヒットするサイトはわずか2つほどと謎だった青島、半年ほど前、猫が多いと紹介されると人気が人気を呼び、今や船に乗ることすらままならない状態だという。このまま増え続ける観光客に廃校も封鎖されてしまうのでは気が気でない。秋は予定も多くそんな状態が三ヶ月ほど続いた末、ようやく島に向かったものの欠航によって断念させられたのが2013年12月初旬のことだった。

さて年が明け春となった。ここしばらく天候も安定している。事務所に電話をして聞いてみると予定していた某日は青島で清掃活動というものがあり小さな船は満席という。
というわけで予定日を1週間延期。今度は準備万端。
4月某日、早朝の1便を狙い走り続け瀬戸大橋で空が白み始める。これだけ早く到着すれば船には乗れるだろう。あとは天候次第と見上げる夜明けの空は晴れ渡り何の心配もいらないようだ。ところが愛媛県に入った頃から突如空に暗雲が立ち込め強風が吹き始めた。まさかとは思うが念のため途中の入野PAに車を停め電話を入れる。愕然とした。欠航という。
基本的に晴れ男だ。たいがい晴れる。それなのに青島に関して言えばこの有り様。これはもう完全にもう完全に呪われているとしか思えない。

結局上記渡航記録に、・2014年4月  嵐で欠航 が追加されることになっただけの四国行きとなってしまった・・・





さて中止になった渡航計画。愕然としながらも四国までやってきたのだから転んでもただで起きるわけにはいかないと愛媛県からUターンし嵐の中、訪れたのが愛媛徳島の県境にある小学校の跡というわけなのだ。

川沿いに残るというこの廃校。以前航空写真で川沿いを目を皿のようにしてスクロールしているうちに森の中にポツンと建つ怪しい建物を発見していた。これが目的地の廃校かどうかは不明だがとりあえず向かってみる。

四国らしい山道を走り続けると谷間の底に目印となる古びた橋を発見。学校があったというのはこの川の対岸。橋を渡りさらに細くなる山道を周囲を偵察しながら徐行していく。そしてついに森へ消えるかつて通学路らしき廃道を見つけることができたのだった。


1404shikoku0103.jpg
1404shikoku0104.jpg


隙間無く植物に覆われたこの廃校は、引いた状態で眺めることができないため形状を掴むのが困難だ。木々をかき分けたどり着いた入り口は崩落し建物内部が丸見えの状態。出入り口では床を突き破って成長中の竹が行く手を阻む。


1404shikoku0106.jpg
1404shikoku0105.jpg


この校舎、40年という長い時間の経過ともに骨組みそのものが老朽化したせいか、ゆがみがひどい。
各所が思い思いの方向へと変形、目の錯覚なのか、あるいはファインダー内の水平垂直線が狂っているのかと思わず確かめてしまうほどだ。
特に廊下では床、壁、天井の三方が押し合い内部へと湾曲している。さらには教室らしき空間はゆがみが限界に達し完全に崩落、雨が直に降り込んでいた。倒壊寸前のこの建物だが意外にもオルガンや教科書をはじめ学校を思い起こさせる痕跡が数多く残されている。


1404shikoku0109.jpg

四国の廃校1403shikokuhaikou01.jpg


台の上に置かれたままの教員向けの冊子。
いかにもありがちなやらせ写真にも見えるが、開いたままのページに積もったほこりがやらせでない証拠。
興味を引く内容だったので他のページも観覧したかったものの、この状態を崩すのもはばかられ結局手を触れることはなかった。

四国廃校1404shikoku0110.jpg
四国廃校1404shikoku0111.jpg


木々に覆われた校舎から視認できないものの廃校直下には先程の川が流れている。
かつては学校と対岸の集落を繋ぐ橋が存在せず、迂回を強いられた生徒達は通学に大変な時間を費やしていた。そのため自らの力で石を積み上げ、ついに手作りの石橋を完成させたという。何気なく渡った先ほどの車道の橋が完成したのは残念ながら廃校後のことだった。



先述したようにgoogle航空写真で発見したこの廃校だがその際、周囲数キロ圏内に点在する数件の廃校を同時に見つけることができた。航空写真から廃校を探す際は闇雲にスクロールしていくわけではなく、まずは山中の集落を見つけ出すこと。その後集落規模に似つかわしい広い土地(校庭)、細長い建物(木造校舎)を目印に移動していくのがコツだ。特に鮮やかなプールは上空からも目につきやすい。地図上に表示される校名も、廃校ならば表示されることはないため廃校だとの認定も容易となる。
これら他の廃校、数キロの距離とはいえさらに山中と言うことで今回はスルーしたもののいずれ訪れることになろう。

1404shikoku014.jpg



四国を形成する長い孤の左端は足摺岬、そしてもう一方の右端は尖った室戸岬へと続く。
今回は東側の室戸岬を目指し土佐湾に沿って55号線(土佐東街道)を走り続ける。この巨大な室戸半島、鋭角の先端まではかなりの時間を覚悟していたのだが途中、わずか2週間ほど前に部分開通したばかりの南国安芸道路というものがあり意外にもペースは速く昼前には早くも安芸あたりまで南下した。
1404shikokumap3.jpg


車の右手は広大な太平洋、左手は深い山々がひたすら続く土佐東街道。先ほどまでの凍えそうな氷雨と寒さが一転、今度は初夏のような暑さに半袖状態。県境を越えただけでここまで天候が違うとは。

1404shikoku0115.jpg


室戸半島の長い長い孤も終わりを告げようとしている頃、某廃校を目指し土佐東街道から一転山道へと車を向けた。透明度の高い渓流にそって次第に狭まる山道を進んでいく。



時折現れる軽トラと離合をくり返しながら進み、果たしてこの先にまだ集落があるのだろうかと次第に不安になってきた頃、古びた倉庫の壁にペンキで大きく書かれた地名に導かれ角を曲がると廃校は唐突に現れた。


1404shikoku0117.jpg

[続く]

スポンサーサイト

Pagination

Trackback

Trackback URL

http://lost2011.blog.fc2.com/tb.php/565-7d009bd4

Utility

プロフィール

hou2san

Author:hou2san
●なにかあればコチラまで。↓
場所を教えろよなんてことでもいいです。
rh5t-nkym@live.jp

最新記事

最新コメント