●2014年5月某日/三重沿岸 廃墟街道にて。

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広大なサバンナが広がる木曽岬干拓地
そんな荒涼とした空間が好きだ。
同じ伊勢湾の三重県側に堤防に沿って朽ち果てた水産加工工場が点在する不思議な場所がある。
googleストリートビューで見つけたこの場所、航空写真を片手に徘徊。
実際に現地を訪れてみると堤防改修工事が進み、状況が大きく変化していることに驚かされた。
この光景を見ることができるのもあとわずかなのかもしれない。
木曽岬のような雄大さはないものの草原に廃屋が点在する自分好みの場所だった。


photo:Canon eos7d 15-85mm

伊勢湾に面した三重県津市の郊外。海と平行し延々と続く堤防上に敷設された直線道路。
古い民家が密集する複雑な路地を右往左往しようやくたどり着いたここからいよいよ数キロに及ぶ廃墟街道横断が始まる。と思ったらわずか数百メートル進んだところで堤防改修工事のため通行止め。大きく迂回を余儀なくされてしまった。

堤防から一旦下りると迂回を重ね工事区間をスルー、気を取り直して再スタート。

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伊勢湾からの高潮を防ぐため建設された堤防を利用した道は非常に狭い。待避所も見当たらず対向車がやってきた場合、すれ違いも厳しそうだ。交通量はほとんどないとはいえ廃墟が現れる度に路肩に車を停めるわけにもいかないので野球場脇の空き地に車を停めると航空写真片手に彼方へと続く細い路を歩き始めた。



飛び交う野球少年達の声援と監督の怒号が遠ざかる頃、左手の堤防下の草むらに廃屋らしき建物が姿を現した。堤防の斜面をすべり下り、壁の隙間から廃屋内をのぞき込むも内部は真っ暗。おそらく倉庫の跡なのだろう。周囲を見渡すと他にも同じような倉庫らしき建物が点在している。

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草原が広がる現在地は堤防の内側、つまり内陸側。そこで今度は堤防を海側へと下り、しばらく歩いて行くと海側でも廃屋が現れ始めた。



吹く風に一斉になびく一面に広がる草原。原野に点在する崩れかけた廃屋達。草原、煙突、この場所だけ切り取るとまるで北海道でよく見かけた開拓小屋や番屋の跡を思い出してしまう。

そんな本州離れした光景から現実に引き戻すのがも周囲に漂う魚の香り。そう、これらの廃墟はかつて近隣の漁港で水揚げされた魚の加工を行っていた工場なのだ。廃屋ばかりが目立っているが、実際には現役で稼働している工場もわずかながら残っている。漂ってくる魚の香りはそれらの工場からのもの。食欲をそそる良い香りだ。

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遮る物無く風が吹き抜ける原野。これが真冬であれば冷たい風、枯れた木々、並ぶ廃屋などの寒々しい光景に心底凍えてしまったかもしれないが今は幸い5月。風もどこかさわやかだ。

海と並行して走るこの堤防、その多くが防風林らしき木々に覆われているが時折視界が開けると目の前に広がる伊勢湾を望むことができる。海を挟んだ遙か対岸に見える造船所、どこか見覚えがある外観。地図と照らし合わせると去年秋に見学に訪れた久居にある造船ドックだと判明。



一旦野球場まで戻り車を回収するとさらに北上。しばらく進んだ場所でも放棄された小さな工場や倉庫が軒を連らねている。そんな工場に例外なく共通するのが煉瓦で作られた四角い煙突だ。
江戸時代から漁が盛んにに行われてきたこの一帯、水揚げされたイカナゴと呼ばれる魚は工場の大釜で茹であげられ天日干しにされた後、出荷されるという。おそらくこれらの煙突はイカナゴを茹でる際に使用されていたと思われる。最盛期には一帯は立ち上る湯気に包まれていたことだろう。

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スタート地点で工事箇所に足止めされた以外は、対向車も現れることなく堤防上の小道を順調に北上してきた。
ところが道に沿って進んでいくはずがいつの間にか堤防から外れ別の支線へと迷い込んでしまった。堤防上を続く一本道、どう考えても迷いようがないはず。しかしあらかじめ調べておいた航空写真やストリートビューと現地との状況がずいぶんと変化しているようだ。
この廃墟群、下記のようにgoogleストリートビューで克明に眺めることができる。

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ストリートビューが網羅しているということは撮影時は車の往来が可能だったはず。しかし内陸側を平行して走る道路が近年拡張された結果、堤防上は通行止めとなりいつの間にか新道へと誘導されていたのだった。

今回参考にしたストリートビュー、いつ撮影されたものかと思い調べると2012年とだという。ということはここ二年で一気に改修工事が進んだと言うことだろう。とはいえ堤防上を走る旧道は立ち入り自体が制限されているわけでもないようで犬の散歩をする近所の人の姿も見受けられる。
南から次第に進む堤防改修工事、そして平行する新道拡張工事によって点在する廃墟群が解体されるのも時間の問題だろう。



そんなわけで一旦堤防から強制的に下ろされてしまったため稼働する現役工場に隣接する細い道をすり抜け、中間地点と定めたあたりまで北上してきた。スタート地点から二キロほどの場所。
このあたりから一時減少していた廃墟が再び増え始めた。先ほどまでは倉庫の廃屋が多かったものの今度は煉瓦の煙突が目立つ建物が多くなる。もちろんそのほとんどが廃墟と化している。
どの物件も例外なく覆われているため廃屋の全容を掴むことは不可能だ。少しくらいの草ながら躊躇せず入り込むものの、笹や葛にここまで隙間無く密生されるとさすがに無理だ。大回りして海岸側からの到達を目指したもののこちらも同じ理由で断念せざる得なかった。

手前に映る一本線の影の正体は堤防上を走る道路に沿って並ぶガードレール。気がつくと日は大きく西の空へ傾いていた。

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草に阻まれ犬に吠えられながら長い道のりを進み、ようやく工場群の最も北の端まで到達した。ストリートビューによれば数キロにわたって続いたそろそろ廃墟街道もそろそろ終了である。

最後に現れたのは原っぱにぽつんと立つ一本の煙突。まるで街道の終わりを示すシンボルのようだ。煙突の周囲にはかつて加工工場があったのだろう、崩れ落ちた材木や資材が散乱していた。


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廃煙突を通り過ぎると堤防の周辺からは廃墟群が嘘のように消え去った。
変わって堤防沿いに現れたのは新興住宅地。真新しい家、子供の自転車。そんな平和な光景を眺めていると、わずか数分前に見た荒涼とした光景が幻だったのだろうかと感じてしまうほどの変貌っぷりだ。

わずか3キロほどの廃墟街道を2時間ほど掛けて進みようやく廃墟群を抜け出すことができた。

ここに限らず航空写真とストリートビューは近年、廃校探しにも大きな力を発揮している。改めてgoogleの力を感じた今回の徘徊だった。


[了]
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