●2014年10月某日/牛窓水没地帯


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瀬戸内海牛窓町の海岸線を走っている最中、
車窓に広がった不思議な光景に思わず車を停めた。
なんと眼下に町がそのまま水没しているのだ。
とはいっても周囲は穏やかな瀬戸内海。最近津波や高潮のような災害があった話は聞いたこともない。
いったいこの場所で何か起こったと言うのだろうか。


photo:Canon eos7d 15-85mm


ペンション、ヨット、マリーナといった自分には縁のなさそうなリゾート施設が点在する岡山県瀬戸内市、旧牛窓町の海岸線。白を基調にした建築、やたらと登場する「日本のエーゲ海」といったレトロなキャッチコピーに思わず感じてしまうのはバブルといったキーワード。
そんな一昔前を感じる瀬戸内海沿いを進んでいくと不思議な光景が現れた。

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眼下には穏やかな瀬戸内の海、そして小さな平野が広る変哲のない風景。
そんな光景の一部に、冬枯れの木々が広がる湿地帯のような区画がある。一見、野鳥の生息地のようにも見えるこの場所、ところがよく眺めると自然にできたものではない。

数分前、この風景にどこか違和感を感じながら一旦はこの場所を通り過ぎたものの、やはり気になりUターンして戻ってきたのだ。

牛窓水没地帯1110ushimado02.jpg


よく見れば水に浸かっているのは木々だけではない。
街灯、電話ボックス、車、さらには建物までもが水に浸かりまるで町の一画が沈んだようにも見える。また当初冬枯れのように見えた枯れた木々、しかし今はまだ冬枯れどころか紅葉すら始まっていない10月初旬。その証拠に周囲の木々は青々と茂っている。水に浸かったことで根腐れを起こし完全に枯れてしまったのだ。



水面に顔を出す街灯や電話ボックスのような突起物は格好の休憩場所なのか多くの鳥が体を休め、水鳥が作り出す波紋が波もない静かな水面上に広がっていく。
それにしてもこの空間、一体どうしてこのような惨状になってしまったのだろうか。手前の瀬戸内海とは堤防で隔離されているため決壊したわけでもあるまい。また一気に海水が溢れたというよりもじわじわと水位が上がり、静かに水没していったかのように見える。



車を停めた高台からしばらく歩く。
坂を下り水面に近付いていくと次第に周辺には異臭が漂いだした。まるで木が腐ったかのような匂い。一方隣接する県道ではこの惨状を気にするそぶりもなく地元車が次々に走り抜けて行く。水没した町も地元民にとっては見慣れた光景なのだろう。

牛窓の水没ペンション1110ushimado05.jpg
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近付くと水没している多数の建物の正体が判明した。一定の間隔を保ち並ぶのは民家ではなくバンガローかコテージのような建物だ。いったい何の施設だったのだろう。

帰宅後、google空撮で眺めると確かにこの一角、広範囲に亘って水没しているのがよくわかる。しかしこれでは以前の姿が不明なので古い航空写真が多いYahooMapで調べてみると今度は水に浸かる前の空間が克明に映し出された。先ほどのバンガローをはじめ、テニスコート、プールのようなものをはじめとするレジャー施設が点在しているのがわかる。

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かつてこの牛窓には錦海塩田に代表される大規模な干拓地があった。かつて全国で行われていたこれら干拓事業において埋め立て以上に困難だったのが海水の排水だったと言われている。排水ポンプが停止すれば埋め立てた場所はすぐに海水で満たされてしまう。

この牛窓水没地帯では施設閉鎖後、排水装置を稼働させる人間がいなくなったことで静かに水没し再び海へと戻ったのだと思われる。近くにある広大な錦海塩田も現在では廃業、排水が停止されたことで一帯に水没の危機が迫ったことから排水ポンプを稼働させるべく瀬戸内市が干拓地を買い取ったという。

よく見れば赤い屋根の建物脇までは堤防を伝って辿り着けそうだ。しかし時計を見ればフェリーの時刻が迫っている。様々な角度から眺めたかったこの不思議な光景、残念ながら20分程で現地を後にした。





気になったのでこの水没地帯がいったいどのような変遷をたどり現在に至ったのか、航空写真を、もとに遡ってみる事にした。
昔はこんなことを調べようと思ったら地元の図書館まで通う必要があったが現在は国土地理医院のサイトで過去の航空写真をくまなく見る事ができる便利な時代。
最初は2014年、無惨に海水に浸されている現在の水没地帯。
この場所を34年前、1980年まで遡るとテニスコート、プール、バンガローなどが整備された一大レジャー施設が存在していたことがわかる。バンガロー周りは整然と植林にされていたこと等、現在は完全に水没してしまった施設の全容がくっきりと映し出された。

牛窓水没地帯1511ushimadomap.jpg

さらに時代をさかのぼった1975年になると干拓が終わったばかりなのかこの広大な土地にはまだ何も存在していない。1975年から1980年の間に完成した施設は90年代に閉鎖、その後静かに水没していったと思われる。





最後に見つかったこの写真、撮影年は不明なので上記には掲載しなかったものの、施設が閉鎖後、水没していく様子が生々しく捉えられていた。

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一見営業時と変わらぬように見えるものの画像のコントラストをあげていくことによって浸水の最中であることが見て取れる。わずかの高低差も見逃すことなく毛細血管のようにじわじわと浸透していく海水。このように堤防の決壊によって水が一気に流れ込んだのではなく排水の停止によって少しづつ浸水していったため建物群は破壊を免れ現在もその姿を水面に残している。


●2015年追記
一年後、再びこの場所を通過する機会があったため車を停めさらに探索を行った。
すると水没地帯北側で当時の施設のものと見られる看板を発見。水に浸かり朽ち果てた看板には「グリーンファーム」と書かれ当時の施設名を知ることができた。

[了]
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