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●2014年12月某日/大仁金山跡、山神社参拝

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炭鉱鉱山とセットで建つ「山神社」。
危険が伴う坑内作業に従事する鉱夫たちから信仰を集めていたこの山神社、
相次ぐヤマの閉山とともに次第に忘れ去られ、草に埋もれていく無残な姿を各地で目のあたりにしてきた。
ここ伊豆にも閉山となった某金山裏に山神社の遺構がひっそりと残っているという。
前回は草木に覆われたどり着くことも、視認すらできず五年越しの挑戦となった。
しかし今回、鳥居にはたどり着いたものの大雨によって
まともな写真はなにひとつ撮ることはできず・・・

photo:Canon eos7d 15-85mm

吹き荒れる強風に舞い散る木の葉。曇天の空を翻弄されるその様子ははまるでホラー映画のよう。天候は目まぐるしく変わり日が差したかと思えば氷雨が落ちてくる。そんな空の下、濡らさないようカメラを抱えこみ落ち葉に覆われた濡れた坂道を黙々と歩き続ける。

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かつて伝説の廃墟として異彩を放ち伊豆を訪れる観光客を驚かせていた大仁金山跡。鉱山自体は惜しまれつつ10数年前に解体されたものの、裏山には未だ山神社が朽ち果てながら残されているという。

この神社、今回初めて訪れるという訳ではなく5年ほど前の夏に一度挑戦したことがある。ところが当時、神社に通じると思われる道は途中で消滅、目の前には青々と茂る背丈ほどの草や蜘蛛の巣が立ちふさがり撤退を余儀なくされてしまったのだ。このような物件訪問は草木が枯れ果てる冬しかないと思いつつ気がつくと数年が過ぎていた。

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現在地、大仁金山裏手に広がる谷間はかつてその全体が採掘場だったという。今では木々や繁り面影はまったくないものの1940年代の空撮写真からは採石場のように剥き出しの山肌が広がっていたことが確認できる。現在もいくつかの坑口が残るというが天候がこれ以上悪化する前に引き返したいものだ。

枯れ葉に覆われていた足元は次第に草むらへと変化していく。やがて小川に架けられた古びた橋が現れた。前回はこのあたりで一歩も進むことができなくなり引き返した。

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[前回の写真:2010年7月]まるで人跡未踏のジャンルのよう。


さて今回、冬だとは言え状況はそれほど変わっていないのではと覚悟して訪れた参道だったが、あまりに歩きやすく拍子抜けしてしまった。
一歩も進むことができなった状況から一変、参道を塞ぐよう崩れ落ちていた倒木も明らかに人為的に撤去されている。また植物が茂る地面にもわずかながら人の気配を発する踏み跡が残り、どうも最近人が行き来したのではと感じさせる。
ちなみにこの道、googlemapや国土地理院の地図には山上の集落と繋がるあたかも車道のように表現されているがその実態は車はもちろん徒歩でも通行困難な廃道、間違っても車で侵入しないでほしい。

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大仁金山山神社の廃鳥居1412oohito134.jpg
大仁金山山神社の廃鳥居1412oohito11.jpg

雨の中、踏み跡をたどり続けついに前方の森の中に目的地の鳥居が見えた。木々に埋もれてしまったかようなこの鳥居、季節が違えば視認することも困難かもしれない。大仁金山が閉山したのは1973年、40年ちかく放置され荒れ果ててしまったのだろうか。鳥居に近付き真下に立つとまずは一礼、境内の森に入りさえすれば雨はしのげるだろう。



廃鳥居をくぐり薄暗い森に足を踏み入れると境内らしき空間が浮かび上がる。同時に頭上の葉にたまった大粒の水滴が絶え間なく体に落下、森で雨はしのげるだろうという考えは間違いだと気がついた。
半年前、同じ静岡県内にある無間山観音堂を撮った時と同じ状況。今回も片手にカメラ、片手に傘、ではなく三脚だったため雨をしのぐ手段がまったくないことまで同じ。

谷の最も奥に位置する神社周辺、通常ならば草木が枯れ果てる12月だとは思えないほどの緑で溢れる鮮やかな空間だ。緑の葉に覆われた先には苔むした大きな石碑がいくつかあるので後で読んでみることにしよう。

/大仁金山跡山神社1412oohito02.jpg


現在でも大企業の敷地、艦艇内に社が祭られているよう、日本の産業と神社は切っても切れない関係があった。この関係は採掘においても例外ではなく炭鉱・鉱山街を訪れた際、必ず目にするのが鉱業所、鉱員住宅、学校、そして山神社だ。企業繁栄、安全祈願、慰霊の他に催し等も行われ、祭事の際は大勢の鉱員や家族で賑わい地域のコミュニケーションの場としての役割も担っていたいう。

しかし閉山とともに山神社は人々の記憶から消え次第に草に覆われていく。そんな光景をかつて炭鉱や鉱山の跡地を巡り日本を一周した際、寂れた鉱山街や炭住の片隅で目にしてきた。かつて賑わったであろう山神社も大仁金山が1973年、歴史を閉じるとともに訪れる人もなくなり50年余りの歳月の末、森に戻りつつあった。

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大仁金山跡山神社1412oohito09.jpg

この空間に残された建造物は灯籠と手水舎のみ。神社本殿は草をかき分けた先にある朽ちた石段を登った先にあるようだ。
しかし石段へ足を踏み出したと同時にさらに勢いを増す雨。降り注ぐ雨粒で体中びしょ濡れの状態。よくもカメラが故障しないものだ。結局石段を一歩も上ることもなく本殿を目の前に這々の体で神社から逃げ出した。石碑に刻まれた文字解読どころか拝殿もできず。



雨に濡れながら大仁金山前の広場に停めておいた車に戻ると雨がぱたりと上がり日射しが周囲を包み込んだ。太陽光によって周囲の光景は彩度を増し活き活きと蘇った。

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鳥居までは達したものの結局本殿には到着できず、濡れた体では達成感も感じることもできず。
車内にはバスタオルがあったはず。体が乾けば気分も多少は回復するだろうと、とタオルを取り出したもののびっしょりと濡れている。そうだ、今朝、伊豆下田でのサーフィン後、バスタオルは海水まみれのウェットと一緒にボックスへ放り込んでおいたのだった。
結局まともな写真を何一つ撮ることができず、濡れたままの姿で運転席に乗り込むと伊豆大仁の街を後にした・・・。

相変わらずの荒れ放題だったとは言え、一歩も進むことができなかった5年前と比べればわずかながら人の気配を感じとることができた山神社。もしや今後神社復活のため整備が行われていく兆しなのだろうか。

大仁金山山神社:静岡県伊豆市瓜生野

[了]
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