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●2014年12月某日/紀伊半島廃校縦断〜冬編〜02

  • 2015/02/27 22:23
  • Category: 廃校
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恒例の紀伊半島探索記後半。
夜も明けきらぬ漆黒の紀伊半島を南へ南へと走り続け熊野辺りでようやく夜明けを迎えた。
海岸線沿いの廃校を後にすると、山中へと入る。
和歌山県最深部にあるという廃校目指し森の林道を走り続けついに目的地付近へ。
校名が書かれた案内看板に導かれ薄暗い杉林を歩いて行くと朽ちた建物が現れた。


[前回の記事]

photo:Canon eos7d 15-85mm

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どこまでも山が続く和歌山県最深部。その森の中にたたずむ苔むした廃校。空撮を見れば紀伊山地を覆う密林のような緑の中にぽつんと残された姿がよくわかる。周辺は人気のない数軒の民家以外何も存在しない場所。そんな山中にありながらこの廃校を訪れる人はあとを絶たない。



廃校を示す案内看板に従い、廃屋が点在する道を歩いて行くと朽ち果てた講堂らしき建物が現れた。内部の様子をうかがってみるも割れたガラスが床を埋め尽くす空間には魅力を感じずさらに奥にある木造の建物へ向かった。

開け放たれた入口からのぞき込むと土が剥き出しの土間のような廊下には倒れ込んだ扉や壁板が散乱していた。
午前中に訪れた海沿いの廃校と違いこちらは閉校後、まったく人の手が入っていないかのような荒れ具合。それでも時折卒業生が訪れることがあるのか、壁面に立てかけられた黒板にはここを訪れた多くの訪問者の名前が書き込まれていた。


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廊下に隣接する教室跡。建物の自重に壁面が耐えきられなくなったのか柱と壁は大きく歪み内部へと湾曲しつつある。破れたガラス窓から流れ込む雨風に洗われ床の一部は崩壊、建物の風化は放射状へと進行していく。
薄暗かった講堂と違い大きく取られた格子状のガラス窓のため明るい雰囲気。冬雲の切れ間から太陽光が降り注ぐと室内の光景が浮かび上がる。



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教室には机、椅子を初めとするような学校の痕跡は特に何も残されていない。一方手前の小さい部屋は職員室のような場所だったのか教材を初めとした多くの残留物で溢れていた。机の上に置かれたままの映写機、レコード、謎の薬品、これらはかつて授業で使用されたものなのだろうか。


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廃校を有する集落は秘境紀伊半島の中でも最深部のひとつ。

離島、あるいは人里離れた集落にも必ず現れる学校校舎。日本の津々浦々に存在する学校を見つける度、感じることが富国強兵の影に隠れ目立たない明治政府の偉業。軍事・産業と違いすぐに目に見える結果が出るわけでもない教育分野へ力を注ぎ明治維新からわずかの期間で離島、山村、どのようにへんぴな場所にも程度の差こそあれ学校が開かれ教員が派遣された。ひっそりと置かれた石碑を見ればそのほとんどが明治開校と書かれている。


現在においても辿り着くには相当の時間を要す紀伊半島南端の集落で当時どのようにに学校が作られたのだろうか。そんな地方の小学校も人口流出と共にみるみるその数を減らし抜け殻となった残骸が残るだけ。この小学校も明治に開校、そして1969年に閉校となった。


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数多くの残留物、どこか温かみの残る森の中の木造校舎、大勢の人がこの場所を目指す気持ちもわかるような気がする雰囲気の良い場所だった。





狭い林道を何度も切り返しUターン、同じ道を戻りやってきたのは古びた神社。廃校へと向かう往路、車窓に見かけ気になったため帰路に立ち寄ってみた。二つの小川の合流点に突き出た場所に古びた鳥居が建つ。手元の地図にも表示されない名もなき神社だが少し変わった立地がなんだか好きだ。


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小橋を渡り鳥居に一礼、本殿はどのような雰囲気なのだろうかと奥へと進んで行く。底冷えのする苔むした古い石畳。そんな参道に半年前紀伊半島で訪れた廃神社を思い出す。当時廃神社の朽ちた参道は蝉時雨に包まれていたが、今回は一転、参道は凜と静まりかえる。

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石畳を登り切るとこれまた古びた灯籠が現れた。その奥の社務所のような建物の脇を抜けると奥のぽっかりと広がった空間に本殿があった。古い建物だったのだがなぜか写真を取り忘れた・・・。一体何という神社なのだろう。


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再び紀伊半島縦断を再開。
紀伊半島では地図に太線、カラーで明記されている国道が実際に走ってみると酷道だった、というパターンが非常に多い。地図やカーナビなどに任せたまま漫然と運転しているうちに気がつくととんでもない酷道へ入り込んでしまったというケースもよく聞く話だ。

今回は出発前、あらかじめストリートビューで下見をしたところ当初予定していた国道が途中からすれ違い不可能というひどいに道なっていたので、地図上でほとんど目立たない県道に乗り換える。
紀伊半島に限らず林業が盛んな地域では国道よりも県道、あるいは林道のほうが整備が進んでいることもある。今回も合川ダム沿いに曲がりくねった狭路が続く国道よりも、地図にもまともに乗っていない県道221号の方が断然走りやすく、すいすいと峠を越え主要道311号へ合流した。


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どんよりとした曇り空。枯れ果てた木々や草。そんな冬の紀伊半島山間部を北上していく途中目を引きつけた光景。それが突如現れた青い川。
彩度のない冬の山間部で目を引くあまりにも鮮やかな川の色。流れもほとんど感じられない川はまるで水に絵の具を溶かしたような青い水をたたえている。

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青い川、日高川は平行する国道424号線と共に下っていくと次第に幅を広げ湖のように変化していく。この川、実はダム湖なのだ。ちょうど上流から流れ込む水がダム湖に滞留し始めるバックウォーターと呼ばれる付近。そのため流れもなく湖面は非常に穏やかだ。

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川に沿って国道をしばらく下っていくにつれ川は完全なダム湖となった。川をせき止めている椿山ダム堰堤もまもなくだ。
そんな青いダム湖に架けられた古びた橋が現れたので幹線道路を外れ対岸へ渡ってみることにした。対岸にある旧道となった道は一台の車も現れないため不思議な湖面を見下ろしながら時折車を停め走ることができる。424号の開通前、主要道だったこちらの道は時間の経過とともに次第に草に覆われ忘れられつつあった。



堰堤が近付くにつれ青は次第にくすみ同時に透明度も落ち始めた。
時が止まったかのような流れを感じさせないよどんだ湖面は木をも飲み込みこんでいる。枯れることなく緑の葉を茂らせたまま静かにダムへ沈んでいった立ち木がおもしろい。

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ダム脇の国道、過去何度か通過したことがあるが年間通して常に青い、というわけでもなく季節、気象条件によっても変化する。透明度の高い海池河川や青い水を見にさまざまな場所を訪れたが経験上特にダム湖では雪解け等の冷たい水が流れ込むことに関係するのか春先に湖面が青くなることが多いような気がする。


旧道を下るにつれてやがて川の色も薄まり灰色の椿山ダム本体が姿を現した。同時にばらばらと降り始めた真冬の冷たい雨。紀伊半島脱出もまもなく。和歌山有田のあたりの適当なインターから阪和道へ乗ろう。

結局今回の探索でも予定地全てを回りきることはできなかった。とはいえかつてあまりの巨大さゆえ探索を躊躇していた紀伊半島、両サイドから着々と南下する高速道路によって確実に縮小されつつある。

[了]
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