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●2012年3月某日/姫路城大天守改修工事見学

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2012年、兵庫県の姫路城では老朽化した天守の大改修工事が行われている。
一般観光客ならば訪れた姫路城で天守の姿を見ることができず失望するところだろう。
しかし城マニアは違う。50年に一度と言われるまたとない機会を逃すわけにはいかないと
深夜、高速道路をひた走り久しぶりに姫路城を訪れた。


photo:Canon eos7d 15-85mm

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深夜の高速道路にて北朝鮮のミサイル破壊措置命令を受け西へと展開するPAC3の車列を追い抜く。前回発射されたミサイルが日本列島の上空を通過した、2009年のあの日は、山中のとある廃校にいたことを思い出す。



姫路城。
いつも訪れても当たり前のようにそびえていた白い天守の姿はそこにはなく、代わりに巨大な箱が存在している。

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この「箱」を見た瞬間頭に浮かんだのが、クリストとジャンヌクロード。パリの橋、ドイツの議事堂始め建造物を巨大な白い布で覆ってしまい賛否両論を巻き起こし続けるアーティストだ。少し前に東京で開かれた特別展を訪れた時の印象がまだ残っていたのかもしれない。



姫路城の巨大な箱はもちろんアート等ではなく天守改修工事のため足場として設置されたもの。工事を見学するため仮設エレベータに乗って最上階へ。この位置から間近に天守を眺めることは工事中の現在でなければ不可能。

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さて城の中心に位置する高層建造物、天守といえば城、いやその国、藩のシンボルとも言えよう。「殿様が毎日登っては遠眼鏡で城下を眺めご満悦」というイメージが強い天守、しかしその実態は違っていたようだ。

先日読んだマニアックな歴史本によれば、城内の最高権力者である藩主ですら気軽に登ることができなかったようで、ある日、突然天守に登りたいと言い始めた藩主に家臣一同大いに困り、あわてて鍵をさがしたり、書類を作ったり、といった記述がなされた日記が残されているという。
現代の自分たちから見れば歴史遺産である天守。しかし運用中の江戸時代ですら既に歴史の一部と化していたようで、開かずの間、鍵がなく開けられない箱、何を祭ってあるのか誰も知らない社、など当時から謎の存在だったとか。

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さらに江戸時代末期になると、いずれの藩も財政難に陥りメンテナンスもままならず城は廃墟のような状態に陥ってしまった。幕末に撮影された古写真を見ると幕政の中心、江戸城ですら城壁がはがれた状態だったことがわかる。地方藩においては人の出入りがない天守の老朽化はさらに深刻。怪談話まで持ち上がり、誰も寄り付かず建物は朽ち果て悲惨な状態に陥ってしまったという。



城内を見下ろすと複雑な姫路城の構造がよくわかる。興味を惹かれるのは天守単体ではなく、入り組む郭が構成する集合体。城郭プラモにはまった幼少期も、江戸城に代表される天守がぽつんと寂しく立つ城より、郭が立体的に複雑に入り組む平山城が好きだったことを思い出した。

以前メモ帳の裏に描いた下手なイラストが出てきた。どうやら日本の城の移り変わりを描いたものらしい。
戦国時代の城のイラスト01.jpg
↑戦国時代の城はこの程度だ。土塁と櫓がある位で天守はまだ存在しない。
戦国時代の築城のイラスト02.jpg
↑城を攻め落とした新しい城主が古城を破壊、埋め立て、石垣を築き新たな城を築城していく。立地が良い場所にはすでに城が建てられているため、その上に新たな城が築かれることはよくあった。姫路城もそのひとつ。城を発掘すると石垣の下からさらに古い城が発見されるのはこのような訳だ。

黄金期の日本の城イラスト03.jpg

↑先ほどの古城を壊した上に築城、できあがった妄想城。時代は織豊時代後期か?石垣積みの技術が確立、川の流れも変えられ戦国時代の山の面影はどこにも残されていない。


設計者が試行錯誤を重ね奇抜かつ独創的な外観が多数生まれた日本の天守。しかし黄金期の安土桃山時代も過ぎ去り江戸時代に入ると、デザインの方向性が定まったのか、個性が消え去り白壁、三〜五層といった方向性が定着、シンプルなデザインに陥り魅力は半減していく。バブル期に建てられた無駄な空間、装飾を多用した建物が次第に無機質な外観へと変化していった高層ビル建築の歴史とも重なるようだ。
日本の城イラスト04.jpg↑大戦末期1945年、B29から投下された焼夷弾によって炎上、石垣のみが残った妄想城


さて明治維新がおこり本当の意味で国が統一されると城の必要性は消滅し天守や櫓、御殿は解体され、木材は二束三文で売り飛ばされた。城を残しておけば将来、文化財になるとは当時想像することは無理な話。さらに跡地に師団が設置された城も多く軍事目標となった結果、わずかに残った天守も米軍の空襲でそのほとんどが炎上してしまったのだ。
名古屋城本丸が焼け残っていたら世界遺産クラスの存在だったはず。姫路市も空襲を受けたものの城は奇跡的に燃え残り、やがて世界遺産に指定されることとなった。

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戦後、時代が落ち着きを取り戻すと、わずか12ヵ所を残し消滅してしまった天守を再建しようという動きが起こり天守台にコンクリート製天守が雨後の竹の子のように建てられていく。これら「復元」された天守の中にはエレベーターまで備えられたものまであり「本物」とはほど遠い存在。
国もその後「偽天守」を認めない方針へ変わり、ここ20年ほどの間に建てられた天守は当時の図面や古写真を元にした木造復元となっている。とはいえ木造復元は建築基準も厳しくまた高額。コンクリート天守復元は時代背景を考えれば仕方がないのかなと思える面もある。

最も失望してしまう城跡、それは「嘘天守」。当時存在すらしなかった天守が町おこしの名目でいくつも建てられてきた。ありもしない天守を建てるぐらいならば石垣だけで充分。
以前訪れた下記写真の竹田城は天守どころか櫓、門のひとつもない城跡だったが圧倒的な存在感だった。

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竹田城1004TakedaCastle01.jpg




そんな妄想を膨らませながら城内を一周、最後に敷地内にある遊園地に足を踏み入れる。
先ほど天守の足場から眼下に見えた怪しいこの場所が気になっていたのだ。園内には昭和の雰囲気を残すレトロな遊具が処狭しと並んでいる。

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カラフルな塗装、無人のままガラガラと音を立て動く遊具。背後にそびえるクリスト&ジャンヌクロード風の姫路城。違和感溢れる光景。
姫路城を訪れることがあればぜひ城内遊園地とセットで訪れていただきたい。このような不思議な雰囲気をわずか200円で味わうことができる。

[了]
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