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●2008年9月某日/大地の裂け目、北アルプス大キレット横断記

  • 2015/12/01 21:50
  • Category: 私事
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書きかけだった記事が多数発掘されたので随時アップして行きます。とりあえず2008年、山編。



特に山が好きだと言う訳でもないが何を思ったか北アルプス槍ヶ岳へ行くことになった。
本来夏の予定だったこの山行、天候不順でダラダラと延期され気がつけば季節は秋、
さらに土壇場になって言い出した同行者との日程が合わず結局単独行に。
本格的な登山は15年ぶりということで装備もなく人から借り集め
なんとか揃ったのは前日夜、そのまま上高地入口となる沢渡駐車場に向け出発した。
帽子を忘れたり、筋肉痛に悩まされたりとまるで初心者に戻ったかのような登山となってしまったものの
槍ヶ岳、さらにその先の大キレットを横断し穂高までの縦走を達成することができた。



鋭く尖った穂先が特徴的な北アルプス槍ヶ岳。周囲の山から見えるランドマーク的な鋭角の山頂にかつて憧れていた時期もあったののの未だ未踏。そんな槍ヶ岳をついに目指す機会が訪れた。
富士、北岳、穂高を筆頭に3000m級アルプスの登山経験はそれなりにあるものの、いずれも15年ほど前の話。現在は登山に飽き完全に山からは遠ざかっている。今回誘いがなければわざわざ訪れようとは思わなかっただろう。過去の栄光?は一旦捨て去り初心に戻りまじめに登ろうと決意した。


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漆黒の山中を車で走り続け深夜2時、上高地の入り口となる沢渡へ到着。槍穂高登山の出発点、上高地はマイカー規制によって一般車は立ち入ることができず、手前の沢渡駐車場で乗り換えたバスで訪れる仕組みになっている。そのため今夜は駐車場で車中泊、翌朝最初のバスに乗る予定。バス停横の駐車場へ車を停め車内に広げたシュラフに潜り込んだ。素人の足でコースタイムを設定してみると午前5時半の始発バスには必ず乗りたいもの。普段寝起きの悪い自分だが決死の覚悟で起きるつもり。


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さっそくやってしまった!二度寝の恐怖。バスのエンジン音にあわてて飛び起きると車を停めていた駐車場目の前を無情にも出発していく始発バスの姿。山ではわずかな遅れが命取りに。荷物を車から引っ張り出し反省しながらあたふたと準備。



早朝7時、20年ぶりの長野県上高地。9月とはいえ残暑が続く下界とは別世界、バスを降りるとひんやりとした冷気に包まれた。普段は観光客の喧噪に包まれる日本有数の観光地。しかしこの時間、人の姿と言えばリュックをかついだ数人の登山者くらい。観光客の人波が押しよせるまでのわずかな時間、早朝の上高地は鳥のさえずり響く絵に描いたかのようなさわやかな場所だった。

朝日に染まる上高地穂高岳2008yama001.jpg


朝日を浴び輝く穂高岳の勇姿に思わず出発したくなる気持ちを抑え登山保険なるものに加入。この登山保険、1000円で300万円までの保証付きというすぐれもの。捜索ヘリを1時間飛ばせば100万円と言われている遭難相場、さらに単独行、ぜひ加入しておきたい。



手続きを終えいよいよ槍ヶ岳へ向け出発、気合いも新たに一歩を踏み出した。
しかしこの山、山塊に取り付くまでが非常に長く登山道入り口まで十数キロの道のりを延々と歩かされるはめになる。もちろん山道ではなく林道もどきの単調で平坦な道。過去穂高岳に登った際など何度か往復した経験があるため特に目新しさもなくただ黙々と歩く。ひたすら考え事をするにはぴったりの道。


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上高地からだらだらと歩き続け約2時間あまり、横尾あたりで左手を平行して流れていた梓川が分岐する。山好きな方ならばこの文章を読んだだけで地図が思い浮かぶことだろうが、山とは無関係のこのサイトを訪れる方にはさっぱりだと思うので絵地図を適当に書いてみた。[下記]

左は穂高岳登山のベースキャンプ地涸沢、一方右は槍ヶ岳へのアクセス路。人の流れを観察しているとそのほとんどが涸沢行き、槍方面への登山者はごくわずか。昔何度か通った涸沢方面と違い槍ヶ岳方面へ足を踏み入れるのは今回始めてとなる。地図上では槍ヶ岳山頂までの行程の半分を消化した事になるが、今までは序盤、山はここから。

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ようやく本格的な登山道が始まった。すれ違うのは重装備の登山者ばかり。渓流にそって続く山道を歩いて行くとやがて森の中に山小屋が現れた。その名は槍沢ロッジ。
出発前、集めた情報によれば初心者は一日目の宿泊場所をここにすべし書かれていたものが多かったものの体力、時間ともにまだまだ余裕。とはいえ次の山小屋まではあと4時間あまり。順調に進んだとしても到着は午後2時か3時。ホテルや旅館と違い山では微妙な時間。
見上げれば頭上を覆う木々の合間からは秋晴れの空が見え隠れ。こんな好天の日に森の中でグタグタと過ごすのももったいない、今日中に眺望を望む事ができる高所へ登ってしまおうと山小屋を出発した。



急な斜面をひたすら登り続け岩角を回ったとたん鋭く尖った岩山が眼に飛び込んできた。あれこそが目的地、標高3180mの槍ヶ岳山頂。想像以上の見事なとんがりっぷり。同行者と予定が合わなくなったことでよほど山行をやめようかと数日前まで考えていたものの、この絶景を見ればやはり山に来てよかったと思ってしまう単純さ。キャンセルした同行者に自慢してやりたいものだ。
しかし本日の目的地、ヒュッテ大槍は視界にすら入らないはるか上の尾根のあたり。感動と同時に残りの高度差に愕然とする。写真に写る屋根は本日のゴールではなく途中の殺生ヒュッテ。


槍沢から望む槍ヶ岳の穂先2008yama002.jpg
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槍沢から望む槍ヶ岳の穂先0809yari007.jpg


森林限界を超えたことで木陰を作っていた木々は消滅、照りつける強い日射しを遮ろうとリュックに括り付けていた帽子へ手を伸ばす。ところが手に触れるはずの帽子がない。リュックを下し中を探るも見当たらず。早朝の二度寝によってあわてて身支度したのが原因か沢渡駐車場の車に置き忘れてしまった。
正午が近づくにつれ太陽光はさらに強く照りつける。頭をじりじりと焼く強い光。見渡しても一片の雲も見当たらない真っ青の空。雲が欲しい。日射しを遮ってくれる積雲のひとつでもあれば・・・。とにかく水分補給をと立ち止まるたびポリタンに詰め込んだ水を喉に流し込み上を目指すものの、山小屋はなかなか現れない。



すでに午後2時半。山での行動停止時刻は午後3時と言われている。やはりふもとの山小屋に泊まるべきだったかと自問自答を繰り返しながら一歩一歩足を踏み出していく。しかし15年というブランクの影響は大きく一向に足が進まない。それでもなんとか分岐点に到達、ここから尾根上に建つ山小屋までは地図上での直線距離わずか300m。この距離を40分かけて登り切り午後3時過ぎようやく目指すヒュッテ大槍の赤い屋根が見えた。宿泊の受付を済ますとへなへなとベンチに座り込んだ。


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山小屋の蚕棚で目を覚まし立ち上がろうとすると不思議なことに足に力が入らない。身体を預けると足の節々に激しい痛み。昨日の無理がたたり、足の各所が重度の筋肉痛に。このような状態で山頂を目指すことなどできるのか。
同時に気になるのは天候、痛む足を引きずり小屋の外にでる。空を見上げれば常念岳方面は朝焼け、一方西の槍ヶ岳山頂はガスに覆われ天候まで下り坂。帽子が必要なさそうなのが救いと言えば救い。

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不安を抱きながら小屋を出発、痛む足をいたわり必要以上にゆっくりと歩き続け槍ケ岳山荘が建つ標高3000mの稜線へとたどり着いた頃には天候は雨へと変わっていた。
この稜線から突き出ている鋭く尖った岩山が槍ヶ岳の本体、いわゆる槍の穂先。雨に濡れ黒光りする断崖がガスの中へと消えている。岸壁に刻み込まれた山頂へのアプローチは道というよりも岩登り。普段ならば後先考えず登り始める自分だが、今回はあまりの足の痛みが前進を躊躇させてしまう。果たして登頂できるのか、いやその後下りてくることができるのか。

夏場には登頂待ち渋滞も発生すると聞く穂先へのアプローチ、しかし夏休みと紅葉の合間となる9月下旬はシーズンオフなのか周囲に人の気配は無し。横に建つ槍ヶ岳山荘の軒下で雨をしのぎながらしばらく観察していたものの穂先を目指す登山者は一向に現れない。これでは転落しても最後を見届けてくれる目撃者もゼロということか。


槍ヶ岳の穂先2008yama003.jpg


しかしここまでやってきた今、下山という選択肢などあるわけがなくリュック等の重量物を岩陰に置き軽量化を図った末、穂先へ取り付いた。山頂に向けほぼ垂直の岩登り。足をすべらせば数百mの落下は確実。幸いな事に空荷のせいか、緊張のせいか、先ほどまでの足の痛みも感じることはない。



垂直に伸びる錆び付いたはしごを登りきると平坦な空間が現れた。ついに3180mの槍ヶ岳山頂に到着。この狭い山頂に立つのは自分ただ一人。本来大展望が得られるはずの山頂は悪天候のため一向に視界がきかず、おまけに寒さも加わり達成感もほとんど得られないまま、証拠写真だけを撮ると早々に下山開始。周囲はガスで真っ白、槍ヶ岳と書かれた看板の写真がなければ信用されないことだろう。



雨に濡れた鎖場を慎重に伝いながら穂先から下り無事リュックを回収した。
とりあえず槍ヶ岳は制覇、今回の目的は終わった。後は同じルートで下山すれば、ゆっくり歩いて本日夕方には上高地バスターミナルへ到着できるだろう。しかしこれだけ苦労して登りきった山をあっけなく下るのはもったいないという気持ちもあって槍ヶ岳山荘で地図を開き改めて今後の予定を考える。
選択肢は二つ。もう一つの下山ルートは稜線を歩き、穂高岳経由で上高地へ下るルート。しかしこのルート、槍と穂高の間にある大キレットと呼ばれる巨大な岩の裂け目が行く手を阻んでいる。落石と切り立った断崖が続くため遭難多発地帯として知られ経験を積んだ者だけが通行を許される空間。自分のような素人が足を踏み入れるのは身の程知らず。
しかし通過は無理でも断崖マニアとしてはぜひこの目で大キレットを間近に見たいもの。幸いキレットのこちら側の縁には南岳小屋という一軒の山小屋がある。


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その小屋で一泊後、天狗池経由で明日上高地へ下山しようと思い立った時、扉が開き雨に濡れた一人の登山者が入ってきた。昨夜泊まった山小屋で知り合ったAさんという男性だ。彼と話していると突然とんでないことを言い出した。「実は僕は雨男なんですよ。」
いわく過去20回近い登山のほとんどが雨に見舞われたという。確かに今回も大雨。一週間前から天気図を眺め絶対に降らないと確証を持って出発したのに一向にやまない雨はこの男のせいかもしれない。念のため今後の予定を聞いてみると自分とまったく同じルート。雨男に今後も付いて回られたらたまらないので天狗池経由で下山する別ルートをやんわりと進めてみる。翌朝、彼と別れた北アルプスはからりと晴れ渡った。



槍ヶ岳山荘を出発、稜線も視界ゼロ、途中にある地味ながら一応3000mを超えている山、南岳にいたっては存在にすら気がつかないまま通過してしまった。幸いアップダウンはそれほどない稜線歩きのため痛む足でも進む事ができる。ふと振り返るとガスの中、見え隠れするカラフルな雨具は先ほどの雨男Aさん。どうやら途中の分岐まではついてくるつもりらしい。足を引きづり歩き続け三時間、ぼんやりと輝く南岳小屋が現れほっと一息ついた。この小屋のすぐ脇で地面が切り裂かれ大キレットの断崖が始まっているはずだがご覧のように何も見えず。


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冷え込んだ秋の山、ストーブで濡れた身体を乾かしながら夕飯までの六時間をうだうだと過ごす。このような何もやることがない時間というのもある意味貴重なもの。夕方、外に出てみるといつしかガスは薄まり時折薄日が差し込んでいる。雨男と別れた効果なのかはわからないがどうやら天候は回復しつつあるようだ。明日は大キレットの全容を望めるはず。



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現在地、南岳小屋と北穂高岳は直線距離にしてわずか2キロ。しかし両者の間は大キレットと呼ばれる崩れ落ちた巨大な裂け目によって分断されている。その岩場を通過する登山道こそ転落者が続出、レスキューヘリの爆音が聞こえない日はないと言われる難関コース。


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断崖の縁に立ち白いガスに覆われた南側を見つめ続ける。やがてベールに包まれていた大キレットはその全容を現した。足下にぽっかりと口を開ける断崖絶壁、そのはるか先には城壁のような北穂の断崖。一体どのように横断するのか見当もつかないがよく見ればわずかな道らしきものがあり、すでに何人かの山男が足を踏み入れていた。巨大な岸壁を相手に苦闘する彼らはまるで豆粒のよう。


槍穂高大キレット2008yama004.jpg
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目の前に広がる雄大な風景に思わず気持ちが高ぶり始めた。幸い天候も急速に回復、昨日あれほど悩ませた両足の筋肉痛は消え去っている。しかしこの先は昨日登頂した槍ヶ岳穂先よりも遥かに危険な道、自分のような初心者が単独で大キレットへ立ち入りたいと言ったところで一笑に付されるだけ。岩場の縁に立ち眺め続ける事15分、ふと後ろから声をかけられた。声の主は昨夜山小屋で知り合ったベテランのBさん、一緒にキレットに挑戦しようとの熱い言葉をいただき横断を決意。
午前7時、靴の紐をしっかりと結ぶと「重大事故頻発」と書かれた看板を横目に二人でキレットに足を踏み入れた。出発直後いきなり断崖が始まった。

槍穂高大キレットイラストマップ0809hodakamap01.jpg
上記イラストはイメージをつかむため適当に描いたもので正確な地図ではありません。

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手足をのばし岩につかまりながら谷間へと降りること一時間、キレットの最深部へと到達、ここで一旦休憩をいれる。一息つき振り返れば今下ってきた道が見える[上記写真]。道というよりも断崖だ。灰色の岩場でぽつぽつとうごめくカラフルな服をまとった登山者達も大自然の中であまりに小さな存在。それにしてもよくこの崖を降りてきたものだ。



現在地はV字に切れ込んだキレットの底。ここからしばらくはそれなりに安定した登山道が続く。安定と言っても他の箇所に比べマシといった程度、締まりのない石が敷き詰められたガレ場が多くうっかり浮き石を踏んでしまえば谷底へ転落してしまう。

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鞍部を慎重に進む事40分あまり、大キレットは再びその刃を見せ始めた。
長谷川ピークと名付けられた両側が鋭く切れ落ちた難所が連続する。絶壁の底からガスと共に吹き上がる冷えきった風に耐えながらナイフのエッジのように切り立った岩をまたぐように進んで行く。足場はわずか数センチ。長野側、岐阜側、左右どちらに落ちても数百mの垂直落下は免れない。三点確保を基本に何度もキレットを通過した経験のあるBさんから足場を教わり手足を思い切り伸ばし進んでいく。一人じゃなくてよかった。もちろんカメラを構えるどころではなく周辺の写真はなし。

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視界を覆っていたガスが流れ再び前方に光景が広がった。よく見れば断崖にへばりつく数人の人影[下記写真]。やはり本職のクライマーは違いますねとBさんへ話すといやいや今から通るルートだよと笑われてしまった。これからあそこを登るのか。

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大キレット飛騨泣き0809yari0021.jpg


いよいよ飛騨泣きと言われる北穂高本体の岸壁がはじまった。
このあたりまで来ると怖いのは転落よりもむしろ落石、時折ラク!という落石を知らせる登山者の声が響き渡る。実際目の前でガラガラと音をたて石が転がり落ちてきた。目で追っていくと転がる石は絶壁から飛び出し飛騨側にぽっかりと空いた空間へ音もなく落下していった。
緊張感のためか疲労を感じる事なく神経を集中させ登り続けること数十分。ついに北穂高山頂にある山小屋が見え始めた。山小屋のテラスではのんびりとくつろぎながら悪戦苦闘する我々を見下ろす人々の姿。なんという平和な光景。早くあの安全地帯まで辿り着きたい。

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標高3106mの北穂高岳山頂に立った。
振り返ると必死で越えた大絶壁、その先には昨日登頂した槍ヶ岳が雲間から姿を現しつつある。天候が回復したことで雨男と歩いたルートの全容を初めて目にすることができた。昨日この好天であったらと悔やまれる光景。山頂直下に張り付く北穂高小屋のテラスからBさんと景色を眺めていると昨夜南岳小屋で知りあった面々も続々到着、無事故での横断を祝し皆で乾杯。昨日の槍ヶ岳登頂よりも大キレット横断の方が達成感を感じてしまった。




突如爆音と共に県警ヘリが頭上へ飛来、高度を下げると岩場をなめるよう低空で行き来し始めた。他の登山者の目撃談によればどうやらルートのどこかで転落事故があったらしい。やがて遭難者を発見したのか一カ所に留まりホバリングを始めた。
人ごとではない。ここから六時間かけて山をくだり、上高地へ到着するまでは気を引き締めなければとお祝い気分は一旦終了。涸沢岳経由で奥穂高方面へ向かうというBさんお礼と共に分かれ一人になった。再び痛み始めた足をはじめ体力は限界。しかし上高地発の最終バスに間に合わせるべく昼飯も食べず急傾斜の岩場を黙々と下り続けた。

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帰路、やはり気が緩んだのか涸沢あたりのなんて事のない山道で足を思い切り岩にぶつけてしまう。靴を脱げば靴下には血がにじみ、親指の爪がはがれかけていた。ありったけの布を足に巻いてはみたものの一歩踏み出すごとに激痛が走る。
涸沢、横尾、徳沢、下るにつれ周囲の光景は岩から森へと変化していく。行きも通った単調な道を、ずっしりと重いリュックを背負い、筋肉痛と爪、双方の痛みに耐えながら登山靴を持ち上げ一歩一歩進む姿はまるで疲れきった行軍中の兵士のよう。重荷に耐えかね飲み水もそのほとんどを沢に流してしまった。



ひたすら続く林道。逆光きらめく木々の向こうに人々のシルエットが見えた。近づくと登山者ではなくサンダルを履いた薄着、軽装の女の子達。ここ数日、山の中で暮らしてきた自分にとってはあまりに場違いな光景に思わず目を疑ってしまった。
さらに進むにつれ街歩きのような「普通」の老若男女が次々に姿を見せはじめる。気がつけばここは上高地。かつて登山者のベースキャンプ地であったこの場所はいつしか一大観光地へと変わり重装備の登山者がなぜか肩身の狭い思いをするという逆転現象が。冷たいソフトクリームを食べながらさわやかに談笑する人々の光景を横目で眺めついに禁句を口走ってしまった。
「ああ。うらやましい。」
重いリュック、痛む足を引きずり、昼飯もろくに食わずに必死にバスを目指しているというのに。なぜここまで苦労してまで一人で山を目指したのだろうか。北穂山頂で味わった感動もすっかり忘れ次回この場所へ来ることがあれば観光客として来ようと誓い永遠にも感じる道をひたすらに歩き続け、ついにゴールが近付いてきた。



歩き始めて5時間半。ようやく上高地バスターミナルへ。木々の合間からはバスの姿も見る。あれに乗りさえすれば重いリュックを背中から下し沢渡の駐車場まで寝るだけ。ようやく座れる。冷たい岩場と違ってバスの座席はきっとふかふかだろう。

あと数百メートル、最後の力を振り絞りバス停に着いた途端、目に飛び込んだのは数百人のバス待ち大行列。そうだ上高地ではマイカーだけではなく観光バスも規制対象、大量の観光客もこのバスで移動するのだった。あまりの絶望感に立ちくらみさえ覚えた上高地。振り返ると穂高岳は夕日を浴び別天地のようにそびえ立ち、長すぎた1日は終わりを告げようとしていた。

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次回は観光客として上高地を訪れる、との誓いから8年。その後山歩きにはまり未だ観光客として訪れる事はできず・・・。

[了]
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