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●2024年冬某日/終わらない紀伊半島徘徊。県道沿いの廃校群。

  • 2024/05/12 22:22
  • Category: 廃校
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和歌山、奈良、三重を飲み込む巨大半島、紀伊半島。その山塊に埋もれる廃校群。
これらを巡る探索開始から11年、当初3年計画と豪語してきたが、航空写真を駆使し
探せば探すほど新たな廃校を「発見」してしまうため一向に終わりの見える気配はない。
今回は三重から和歌山県境の山中を走る県道44号沿いにに点在する未達の廃校を徘徊。
県道沿いに複数の廃校が残されているようなので北から順に巡り、最終的に海に達するというプラン。
深い山中を延々と続く県道を辿る長い道のりが始める。


国道425号編(前)→LINK
国道425号編(後)→LINK

※本記事は訪問時のものです。現在の状況は異なっている可能性もあります。

どこまでも山々が続く紀伊半島奥地。その斜面は隙間なく植林された人工林が続く。そんな杉林にぽっかりと空いた謎の穴。よく見るとトンネルなのだが坑口は深い渓谷を挟んだ対岸にあり、辿り着くすべを持たないように見える。

奥瀞道路三期の2号トンネル建設現場2401kiipeninsula0101.jpg
奥瀞道路三期の3号橋アーチ橋建設現場2401kiipeninsula0104.jpg
奥瀞道路三期の建設現場2401kiipeninsula0103.jpg

実はこの場所、架橋の建設現場。手前の谷間は巨大なアーチ橋によって架橋されトンネルと接続されるため、今しか見られない光景。探索を始めた頃は周辺ではトンネルや架橋が着手したばかりだった。すれ違い不可能の狭路が続き秘境ともよばれた紀伊半島奥地、高規格道路が延伸し続けそのアクセスは大きく改善されつつある。



熊野川河川敷。乾期のこの時期、川の水量は少なく広大な河原が続いている。その脇の高台に小学校の廃校がある。対岸の国道から建物がもよく見えるため知名度が高い廃校。実はさらに上層にも木造校舎が続いてる。

紀伊半島の廃校2401kiipeninsula0401.jpg

トンネルや河川敷が続いたがようやく本題。今回は和歌山県道44号沿線に点在する未着手の廃校群を順に巡り、海へと達する予定。熊野川を橋で渡り対岸の県道へと車を進めた。ここから44号線の旅路がスタートした。

和歌山県道44号線ロゴroad44logo.jpg

熊野川へと流れ込む支流沿いの県道を山中へと車をしばらく走らせる。谷間に小さな分岐点があり、右折すれば先日掲載した森の廃校へと行き着くが今回は直進。
集落の外れには廃校となった小学校の木造校舎が残されている。現在、学校は熊野古道巡りの休憩所として使用できうるようでトイレ等の案内看板があった。
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案内看板に導かれ校庭へと向かう。木造校舎は教室と講堂が組み合わさったL文字型。直線の組み合わせが美しい。校庭はきれいに整地され雑草も見当たらず手入れがなされているように見える。近付くと校舎の開放部は一面網状のネットで覆われていた。

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ネットはおそらく害獣か鳥対策のものだろう。ネット越しに内部の様子を間近に見ることができた。網越しに見た中央の玄関。視線を右に向けると玄関左右には長い廊下と教室が並んでおり、10以上の教室があるように見える。

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和歌山県道44号那智勝浦熊野川線road44logo.jpg

再び県道44号。ここから先は初めての道となる。民家が途絶え県道は一気に山道へと変化する。川沿いに敷設されいるため高低差はないが断崖に刻まれた離合不可能の急カーブが連続、対向車が一切現れないのが救い。
車幅ギリギリの路肩、その真下の川は冬枯れの光景の中、鮮やかな水の色をたたえていた。清流で有名な紀伊半島、自分は川遊び系の趣味も併せ持っておりここでもいつか泳ぎたいものだ。今日は真冬なので眺めるだけ。

和歌山県赤木川2401kiipeninsula0301.jpg

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山中に現れる場違いな平地。その奥に建つ平屋の建物は廃校となった小学校の校舎。先ほどの廃校と比較すると規模はあまりに小さく遠目には民家のようにも見える。
隣には一棟の無人の民家、それ以外は見渡す限り山しか見当たらない立地。しかしかつては子どもを維持するだけの集落が存在していたのだ。

廃校旧鎌塚小学校2401kiipeninsula0303.jpg

建物に近付くと窓の多くが抜けていたため内部の様子を外から伺うことができた。
校舎はそのほとんどを教室が占めている。窓から撮った黒板には参上系の訪問記が書き込まれており、山奥にもかかわらず意外に多くの訪問者があるようだ。その年代は外から見ただけでも平成初期から現在に及ぶ。

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側面の割れた窓から撮った校舎内。こちらは淡いブルーを基調にした柱や壁面、格子などで構成されており学校にしては凝ったイメージを受ける。
谷間にある廃校の日暮れは早い。しかも冬。校庭だった平地へと戻ると太陽は稜線へと近づき、立ち去る頃には校舎の半分ほどは闇に沈んでいた。

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廃校を発つと県道は川から離れ高度を上げていく。隙間なく植えられた杉は冬でも落葉することもなく、薄暗い県道はカーブを繰り返しどこまでも続いている。沿線にはかつて集落や耕作地が点在していのだろう、苔むした石垣や平地が杉林内に時折現れる。跡地巡りとしていると目が肥え、かつての集落跡を地形などから割り出せるようになってきた。
ちなみに名言が多いことで知られているバイク用地図、ツーリングマップル関西版には、県道44号のこのあたりは「走るのが嫌になるほど暗くて細い林道」と書かれており、自分は車ではあるがまさにその通りだと思ってしまった。



久しぶりに視界が開けた。杉が伐採されたことで本来の急峻な地形が露わになり、先ほどまで走っていた曲がりくねる県道が眼下に見えた。かつて人々が切り開いた耕作地が広がっていた対岸斜面も現在は荒れ果てそのほとんどが森となった。

和歌山県道44号那智勝浦熊野川線2401kiipeninsula0302.jpg

今回の長い工程の中、県道44号上で唯一すれ違った車。白い地元車はガードレールもない断崖上の狭路を器用に走り続け、やがて稜線の影が山肌に落とす闇の中へと消えていった。

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西日が作り出すコントラストの強い光と影。広大な風景の中、視界の中で唯一動くもの。長い道中で現れた対向車はこの一台のみ、その理由はやがて判明する。

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ひたすら続く杉林が途切れ視界が広がり平地が現れると大袈裟な例えではあるが砂漠のオアシスに到着した気分だ。こちらの集落は廃屋もあるが、人の気配を感じる民家もちらほら。

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滝本小学校跡2401kiipeninsula0308.jpg

集落あるところに廃校あり。本日4カ所目の廃校に到着。小学校として使用されてきた校舎は改築され現在は公民館として使用されているようで特に学校らしさは見当たらない。校庭だった土地は基地局として通信会社の塔が所狭しと立ち並んでいた。

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わずかな平地もすぐに終わり、盆地のような小集落を抜けると県道は闇に消えていく。ここから再び山道が始まるのだ。杉林に入った県道は次の峠を目指し高度を上げ続ける。

紀伊半島の廃校群2401kiipeninsula0400.jpg

今日ここまでの行程を確認する。入り組む谷底に点在する01〜03の廃校、そしてそれらを繋ぐ県道44号を現在地まで走り続けてきた。見渡す限り山が続く紀伊半島、それらの懐では過去も、そして現在もひっそりと暮らしが営まれてきた集落があった。



我慢を重ね走り続けた山中の長い工程も残りわずか。山道はあと5kmほどで「まともな」県道へと合流する。まもなく、次の予定地の廃校が現れ、そして県道を下れば待望のコンビニもあるだろう。



人の気配のまったくない杉林に覆われた薄暗いカーブ、またカーブ。県道沿線はこのような光景が延々と続く。今日何百回目かのカーブを曲がると突如人影が路上に現れ棒のようなものを振りかざしながら停止を命じられた。県道上で初めて見る人の姿。

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こんな杉林で車を停めようとするのはトラウマとなっている例の土ぐも族→LINKに違いないと一瞬非常に驚かされた。木漏れ日の逆光でよく見えなかったが落ち着いて見ると誘導棒を持った交通誘導員のようだ。

駆け寄ってきた誘導員からは手で×マークを作り先には進めないとの合図をされた。合流地点まで残り数キロで通行止めか?。
山中徘徊の際は崩落などによる通行止めを見越し出発前にチェックは入れておく。今回は通行止め情報もなく、また事前に設置されるはずの予告看板にも気がつかなかった。誘導員からは今回は緊急工事なのです。と大変申し訳なさそうに説明を受ける。
ここまで25キロ、山中の一本道、余所へと抜けるエスケープルートなど見当たらない。丁寧に説明してくれる誘導員に対し、絶望の心境を隠し、快く「いいですよ」とさわやかにUターン、実際は切り返しが10回近くに及んだが。とはいえこの道は本来地元用の生活道路、自分のような物見遊山のよそ者が苦情を言う権利はまったくない。

⚫︎

そんなわけで合流地点まで残り数キロを残しUターン、起点となった熊野川を再び目指し山中の狭路をひたすら戻り続けた。道理で対向車も現れなかったわけだ。
結局予定していた他の廃校は未達のまま01から03の廃校を順に逆戻り。02の廃校は完全に闇に没していた。そして夕刻、予定時刻より大幅に遅れついに熊野灘に達した。新宮の工場群が西日に照らし出される。

熊野川河口大橋2401kiipeninsula0310.jpg

現在、熊野川河口では街中をバイパスする新しい橋の建設が急ピッチで進められており完成もまもなく。2024年秋の開通後には新宮市内の慢性的な渋滞も解消されることだろう。紀勢道の開通が相次ぎみるみる変わりゆく紀伊半島沿岸部。しかし本日走行した道のように山中に点在する小集落を細々と繋ぐ山道はまだ生きながられている。


[了]

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失われ行く空間と生まれ行く空間。交錯する2つの光景を記録する。
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